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日本も世界も共に生きる


酒井教授エッセー 最終回

酒井教授

< 酒井順一郎 略歴 >
総合研究大学院大学文化科学研究科修了、博士(学術)
国際日本文化研究センター共同研究員、東北師範大学赴日本国留学生予備学校、長崎外国語大学を経て、現在、九州産業大学国際文化学部教授
主要著書:『清国人日本留学生の言語文化接触-相互誤解の日中教育文化交流-』(ひつじ書房、2010年)、『改革開放の申し子たち-そこに日本式教育があった-』(冬至書房、2012年)、『日本語を学ぶ中国八路軍-我ガ軍ハ日本下士兵ヲ殺害セズ-』(ひつじ書房、2020年)

酒井教授のエッセー最終回。時代が大きく動く時、若者たちはどのような未来を想い描き、志を抱いたのか。

ウラジオストクのジーマ君との約束

 皆さんお元気でしょうか?緊急事態宣言の拡大や延長、ワクチン接種で、世の中は右往左往していますが、ジタバタしても始まりません。何が正しいのかもよくわからないというのが現実ですので、我々庶民は基本的な用心だけはしっかりしたいものです。

 実は、なんと、私のエッセーも今回が最終回となります。これまで拙いエッセーを読んでいただきましたこと、感謝申し上げます。各分野の方々から反響もあり、とても嬉しく思っております。思えば編集部からコロナ禍のご時世だから軽いタッチで元気が出るようなものを書けとのお達しでしたので、それに応えようと挑戦してきました。しかし、長期連載の達人である林真理子、山藤章二、みうらじゅんの偉大さが改めて分かった次第でございます。というわけで、今回も同様、下手は下手なりにバカバカしい内容で書いてみようと思いますので、暫しお付き合いください。

 ありがたくも私は仕事で海外に行く機会が多いです。学生の頃、交換留学でハワイ大学に行った時が最初の海外体験でした。ハワイの気候と雰囲気は私にぴったりであり、リモートワーク環境がさらに良くなれば、ハワイに住みながら仕事をしたいぐらいです。えっ、「今回はハワイのネタかよ」との声が聞こえてきました。いや、いや、やめておきましょう。ならばというわけで、今回はペレストロイカ時代のソ連のネタでいきましょう。

 ご存知の通り、ソ連では1987年からゴルビーことゴルバチョフ書記長が、ペレストロイカを始めました。従来の社会主義体制を改革し、「グラスノスチ(情報公開)」を推し進め、世界中の注目を浴びました。何と、その最中に「日ソロックフェスティバル」が開催されたことは全く知られていません。そして、日本側の代表として出演したのが私のバンドでした。えっ、「バンド名を教えろ」という声がございますが、お恥ずかしいのでご勘弁を(ネット上でもありません。これはこれで残念ですね)。開催場所は、ロシア帝国時代の軍港であり「極東のサンフランシスコ」と呼ばれたウラジオストクです。何とこの地名の意味は「極東を征服せよ」でありますから、よくソ連側がこの地でフェスティバルを許可したものです。
 
 当時、ソ連に渡航することは、少々勇気がいりました。ソ連にとってロックそのものが反体制のシンボルでしたので、場合によっては捕まる可能性もあります。そんな心配もどこ吹く風、ウラジオストクに到着後、現地のメディアやロックファン、それにミュージシャン達の歓迎ムードは想像以上で、感激したものです。ただ、軍港だけのことはあって潜水艦、駆逐艦、戦艦等が停泊しており、安易に写真撮影はできませんでした。

 日本側の各バンドに通訳がつき、私のバンドには髭面の山男のようないかついジーマ君が担当でした。何と彼は極東連邦大学の学生で、私達に「この漢字知ってるか?意味までは知らないだろう」とニヤニヤしながらマニアックな問題を出してくるという漢字博士ぶり。バンドメンバー達は「何でソ連まで来て漢字テストされなければいけないんだ」と少々呆れ気味でした。

 ライブ前に各バンドはサウンドチェックをしますが、そこはジーマ君、通訳として大活躍。ただ、一つだけ問題が発生。ギタリストがステージのギターの音を「気持ちだけ上げてくれ」と注文、これを機に各パートも「俺も気持ちだけくれ」とリクエスト。ジーマ君、通訳したのはいいのですが、音量は「気持ちだけ」とは全く違う大音量になってしまいました。どうやらジーマ君、間違って通訳していたようです。これが何度やり取りしても変わらず、ついに我々は「おい、ジーマ、気持ちだけと言っただろう」と言うや否や、ジーマ君、胸を張りながら「君達の気持ちはよくわかってるよ。ロックバンドだから大音量でしょう。もっと音が欲しい?」と勝ち誇った顔で言うから、一同爆笑でした。
 
 それからというもの、「気持ちだけ」についてのミニミニ日本語講座が始まりましたが、よく考えれば「気持ちだけ」は各個人によって違うので、わかりにくく、具体的に説明すべきですね。しかし、ジーマ君、日本的な曖昧な表現だとすぐに理解し、この後の写真撮影の時も「気持ちだけ首を傾けてね」等とすぐに実践しますから、日本語の習得の早さに感心したものです。

野外ライブ

 夜も更け、野外ステージに5千人のファンが集い、いよいよライブが始まりました。会場が一体となり、これぞロックのライブで、至福の一時でした。ライブ終了後、メディアの取材を受け、ソ連側のミュージシャンとのブルースのセッションをし、お互いの音楽への想いを朝まで語り合いました。特に、彼らが命がけで、いかにソ連当局の目を盗み表現の自由を守っていったか、そして人間にとって自由の意味とその大切さを考えさせられたものです。この経験は、改めてイデオロギーを超えた音楽の力を痛感し、人生の宝となりました。

ジーマ君

 
 いよいよ帰国の時、ジーマ君がそっと私に「これどうぞ。受け取ってね。」と何か手渡してきました。それは彼が毛筆で書いた「四海兄弟」という論語でした。ご存知の通り全ての人間は人種や民族、国籍を超えて兄弟のように愛し合うべきという意味です。ジーマ君、相変わらずドヤ顔で「これ『きょうだい』と読んではだめだよ。論語を知らないでしょう。気持ちだけ勉強するのではなく、たくさんしてね。」と憎まれ口をたたいた後、私をハグしながら「僕達の時代が始まったよ。一緒に平和で自由な新しい世界を創ろう。そして、その世界で必ず会おう。約束だよ。」と言ったことは今でも耳に焼き付いています。

 ジーマ君、僕達は約束を果たせたのだろうか。僕達はデータや数字を気にし、真理ではなく役立つもの、つまり社会の有用性にしか価値観を見出せない混沌とした世界にしてしまっていないだろうか。いや、世界は変えられるはず、いつか会える日を信じ、それまで平和で自由な新しい世界を創るために僕なりに貢献していくよ。ジーマ君、待っていてくれ!
 
 追記:読者の皆様、4回の連載にお付き合いくださり、ありがとうございました。またいつかどこかでお会いしましょう。それまでお元気で!最後に清水さん、古びた写真を基に絵を描いてくださり感謝!



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エッセー 第2回 台湾球児から学ぶもの 人は変われる、仲間がいる
エッセー 第3回 あるバックパッカーの学生から教えられたこと 大自然の一員として
エッセー 第4回 ウラジオストクのジーマ君との約束

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