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臓器置換再生医療 


世界初、人工的に歯や毛を再生  臓器を置き換える次世代の医療へ


  今月は、世界で初めて人工的な歯や毛の再生に成功した、東京理科大学教授の辻孝氏にお話をうかがった。


臓器のタネを作り出す

  再生医療は、疾患などによって機能を失った組織や臓器を再生する21世紀型の医療システムとして期待されており、基礎研究と応用化が進められています。現在の再生医療は、複数種類の細胞を生み出す「幹細胞」を体外に取り出して増幅や分化誘導させ、それを体内へ移入して生体の治癒力を利用する方法を中心に展開されています。例えば白血病治療における「造血幹細胞」移植はすでに臨床で実用化され、パーキンソン病治療のための「神経幹細胞」移植や、心筋梗塞部位へ「間葉系幹細胞」を移植するなどの治療法が開発されています。
  現在では、次世代の再生医療として、機能を失った臓器を、体外で人工的に作製した臓器とまるごと置き換える「臓器置換再生医療」が期待されています。文部科学省科学技術政策研究所は、2019年には患者の幹細胞から作製した臓器を移植できるようになるとの未来予測を発表し、大きな話題になりました。しかしながら、現在の技術では、単一種の細胞をシート化して組織をつくる技術や、埋め込み型人工臓器などの開発が進められてはいますが、生体外で複数種の細胞を組み立てて立体的な臓器を作る技術はまだありません。それぞれの臓器のタネ(器官原基)は、胎児期に決まった数しかできないので、それがなくなると臓器を再び作り出すことはできません。そのため、肝臓や腎臓などが完全に機能を失ってしまうと、拒絶反応を起こさない他人から臓器を提供してもらって移植するしか治療法がありません。
  これらの課題を解決するため、私たちの研究グループでは、完成された大型の臓器や器官の作製ではなく、臓器や器官のタネを作り出す細胞操作技術を開発して、生物の器官が発生する過程を生体外で再現できる技術の開発に取り組みました。開発のモデルとしてはまず歯を選びました。最初の問題は、細胞をどうやって組み立てるのかということです。臓器や器官のタネは、「上皮細胞」と「間葉細胞」という2種の細胞から形成され、その相互作用によって複数種の細胞が生み出され、臓器や器官特有のかたちや機能を持つようになります。私たちは、マウスの胎児から歯のタネを取り出して上皮細胞と間葉細胞に分離し、これら2種類の細胞をコラーゲンゲルの中で、高細胞密度で区画化して細胞塊をつくれば、正常な歯と同じように発生する歯のタネができることを明らかにしました。
  次の問題は、それが体の目的の部位で正常に発生するかどうかということです。私たちの技術で作製した歯のタネをマウスの口腔内の抜歯した場所にもどすと、「再生歯」が発生し、移植日数に応じて大きくなっていきました。この再生歯は、エナメル質や象牙質など歯の組織構造は正常であり、血管や神経のほか、クッションの役割を果たす歯根膜も再生できており、まさに正常な歯であることを確認しました。
  歯の再生研究は他にもありますが、正常な歯の発生率は2割程度にとどまっていました。私たちの方法では歯が再生する頻度は100%であり、口腔内の目的の部位でも発生することを確認したという点では、世界で初めての成果です。またこの方法は、人工的な「毛包原基」の作製にも応用可能であり、毛(ひげ)の発生も確認しています。このことは、私たちの方法が臓器や器官のタネをつくるために幅広く応用できる技術である可能性を示しています。これらの成果は、米国の科学雑誌『Nature Methods』に掲載され、新しい再生医療システムの構築を可能にする成果として世界中で大きな関心を集めました。
  ヒトへの応用には、歯や毛のタネをつくるための細胞を患者自身のからだから見つけ出すことが必要です。歯の場合には、親知らずや口腔粘膜、歯肉などから見つけ出せると応用化はより確実なものになるでしょう。また歯の形をコントロールする技術も必要です。実際の治療を始めるにはこうした基礎研究を着実に進めることが大切で、まだ時間がかかると思います。
  移植医療が広がり、深刻な臓器不足の状態にある現在、歯や毛にとどまらずオーダーメイドで臓器を再生できるようになることが強く待ち望まれています。今回の成果は、その実現に向けた第1歩であると考えています。患者自身の細胞をもとに臓器をつくることができれば拒絶反応の心配がなくなり、ドナーによる臓器提供や、機械的な人工臓器に代わる治療システムを提供できるようになるでしょう。今後は肝臓や腎臓など、移植の必要性の高い臓器を人為的につくりだすことを目指して、臨床研究者と協力しながら実用化に向けた研究を進めていきたいと考えています。