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ドクターヘリ 


道路事情に左右されず現場に到達  医療改革につながる第一歩に


 今月は、ドクターヘリの普及を目指すNPO法人救急ヘリ病院ネットワーク(HEM―Net)の村田憲亮氏にお話を伺った。

現場到着を30分短縮


――ドクターヘリとはどのようなものですか。
  機内に医療機器を装備し、薬品も備えたヘリコプターで、医師、看護師が同乗してすばやく初期治療を施し、治療を続けながら救命救急センター等の設備の整った病院に向かうことができます。
  消防等から、病院にドクターヘリの出動要請があった場合、病院の敷地に常駐しているヘリコプターに医師と看護師が3分以内に乗り込み、およそ12~13分以内に現場に到着します。ここまでの行程だけで救急車より平均30分程度短縮でき、一刻を争う救急医療で大きな効力を発揮します。
  実際にヘリで搬送された患者さんのカルテを専門医が見て、従来の救急車による搬送との比較推計を行ったデータがあります。それによると死亡率は27%、重度後遺症は45%削減でき、社会復帰できる人は1・4倍に増加。救急病院への入院日数は16日短縮でき、112万円も入院費を節約できるとの結果が出ています。
  ドクターヘリは移動時間の短縮はもちろん、救急車では容易に到達できないような険しい地域や、出入り口の少ない高速道路のようなところでも、道路事情にあまり左右されることなくすばやく現場に到着できる大きなメリットがあります。
  2008年1月2日に、愛知県の山間部で3歳の男の子が凍結した溜め池に転落し、完全に心肺停止状態になる事故がありました。発見者の父親が人工呼吸を施し、その後救急隊がドクターヘリで隣の静岡県の小児集中治療室に搬送。スムーズな連携と適切な処置によって男の子は奇跡的に回復し、事故から20日後に後遺症も無い状態で退院することができました。現場から病院までは70kmもの距離がありましたので、救急車ではまず助からなかったでしょう。
  救命救急には、世界的に「15分ルール」というものが存在します。ドイツでは医師は現場に15分以内に到着して治療を始めなければならないと法的に義務付けられています。15分を過ぎると助かる確率が急激に下がるのです。救命センターへも15分以内にアクセスできることが必要ですが、現在その所要時間は都道府県ごとに大きな格差があります。車両による救命センターまでの平均アクセス時間をGISで推計したところ、15分ルールに適応できているのは東京だけでした。長崎や鹿児島、北海道や秋田では90分前後もかかっており、これでは救える命も救えません。ドクターヘリは地方でこそ必要とされているのです。
  例えば医者が少ない地方では、救命センターを一箇所に集中させてそこにドクターヘリを配備すれば、時速200キロで飛ぶヘリなら15分で50kmの範囲をカバーできることになります。医者や看護師などの人材が足りず運営難に陥っている公立病院などでは、例えば3病院を1つに集約し、効率化を図る動きなども出てきています。
  日本では現在14ヶ所の病院にヘリが常駐しており、昨年度の総出動件数は全国で5000件を超えました。2008年度にはすでに3拠点の追加が決定し、さらに14自治体が導入を検討中です。これらすべてで導入が決まれば、日本の約半数の都道府県にドクターヘリが配備されることになります。そのほか、すでにある消防防災ヘリや警察のヘリを救急救命に援用する例なども増えてきています。2007年6月の救急ヘリ基本法の制定は、全国的にドクターヘリ配備の動きに刺激を与えています。
  HEM―Netの発足のきっかけは阪神淡路大震災です。甚大な被害状況にもかかわらずヘリは1日目で1機しか飛ばず、救急目的で乗せられたのはたった一人だけでした。それを知った救命の専門医が「日常的にドクターヘリを飛ばせられなければ先進国とはいえない」と考え、活動を立ち上げたのです。
  いま日本では、救急医療機関のたらいまわしなどで本来なら死なずに済む人が死んでいます。これもヘリがあれば、搬送できる範囲が格段に広がり、受け入れ先の候補が大幅に拡大しますので多くは解決する問題です。ドクターヘリの普及は、日本の医療改革につながる第一歩であると考えています。