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地下海水による陸上養殖 


海を汚さないクリーンな養殖  水銀蓄積がなく安全・安心
今月は、地下海水を用いたマグロの陸上養殖を進める、東海大学の秋山信彦氏にお話を伺った。

一定温度の海水利用
――地下海水を用いた陸上養殖とは。
秋山  東海大学では株式会社WHAと連携し、大学構内に円形水槽(直径5m、深さ1m)4基を設け、2006年からホンマグロを陸上で飼育する実験を行っています。海水は、地下約30mから採取できる「地下海水」を利用しています。マグロは水温が下がると餌を食べなくなり、温度が高くなると死んでしまいますので、一定の水温を保つ必要がありますが、通常の海水を汲むと温度制御に大きなコストがかかり商業的に養殖が成り立ちません。地下海水は一年を通して17~20℃と一定ですので、くみ上げるだけでよいのです。
  従来の、海面を利用した小割いけすによる養殖では、外部から細菌や寄生虫が入り込みマグロが病気になる危険性があります。地下海水には酸素が含まれないので酸素を必要とする雑菌がなく、紫外線やオゾンによる殺菌の過程も不要です。また、いけす内に侵入した小魚を食べることによってマグロの体内には水銀が蓄積されてしまうのですが、陸上養殖では海から完全に隔離しますのでその心配もなくなります。

――安全面での訴求力が高まりますね。
秋山  安全・安心なマグロとして他との差別化が図れます。すでに地下海水を使ったヒラメやクルマエビの養殖の先例があり、それを応用したものです。陸上養殖の最も大きなメリットは、海中のいけすに比べて赤潮などの被害を受けず、しかも海を汚さないクリーンなシステムであることです。いけすによる海底の汚染や、それに伴う周辺海域の汚濁などが近年大きな環境問題となっています。自然の自浄能力を超えてしまうと、海底にゴミが溜まってドロドロになってしまい、それが元でマグロが死んでしまいます。この問題は現在の養殖技術では解決不可能ですが、陸上養殖ですとそのような心配は一切なくなります。地下海水自体にもともと汚れがないため、使用後の排水でさえ懸濁物を取り除けば普通の海水よりもきれいです。
  また、水の使用量を減らす技術も導入しています。地下海水は静岡県の三保半島など限られた地域に分布しており、汲める量に限りがあります。海の近くにあるので、汲んだ分だけ海水があとで浸透してくるのですが、その速度以上には汲めません。また、地盤沈下を防ぐため「地下水条例」の範囲内で汲まなければなりませんので、養殖にはどうしても地下海水が不足してしまうのです。そこで、地下海水をろ過してリサイクルする「半循環方式」という技術を開発しました。これにより、汲み上げ量が少なくても水温や水質の変動を極力抑えることができます。

――稚魚は1年間で9kgに成長したそうですね。
秋山  実験で1匹だけ大きくしていますが、生育スピードは自然と同じです。我々が今後水産資源を確保するためには完全養殖せざるを得なくなるでしょう。しかし従来の養殖方法では持続性がなく、後世に安定した食糧確保の道を残せません。陸上養殖は、自然環境を破壊せず、かつ人間の食料も確保できるようにするための道なのです。
  私は陸上養殖が海面養殖にとってかわることは想定していません。量産のためには従来の海面養殖も必要であり、これは自浄能力の範囲内なら十分に持続可能な方法です。漁業も一定量以上獲らなければ持続できます。今後はいかにバランスをとりながら生態系を維持していくかが重要です。そして、何か異変が起こって食料が足りなくなったときを見越して、不足分を補える方法を予め確立しておくことが必要です。
  実際には企業が養殖を行うことになるので、参入のためのコストが問題になります。地下海水を使えば大幅にコストを抑えられることが実績として出てきていますので、今後プラントの提供も可能になると思います。
  この養殖技術はマグロのみならず他の魚種でも利用が可能な汎用性の広いものです。陸上養殖のマグロは安全・安心をコンセプトとする多少割高な商品になりますが、それでもほしいという人の販路さえ確保できれば、事業として十分成り立ちます。
  今日の水産養殖の技術を確立したのは日本です。これからは、陸上養殖による水産資源を、日本から世界をターゲットとして発信していけたらと考えています。事業として軌道に乗れば、陸上で親マグロから種苗を生産し、その種苗を養殖に用いる完全陸上養殖を実現させることも視野に入れています。


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