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郭 洋春 氏 
(立教大学経済学部教授) 


日本の強み、留学生にアピールを  「日本版サクセスストーリー」が必要

 ――「留学生30万人計画」に必要な観点とは。
 留学生を受け入れた後にどうするかというビジョンを、日本政府と行政、大学が一つになって議論する必要があると思います。留学生はどの大学でも入れれば良いというわけではなく、ぜひ入りたいと魅力を感じる大学に行きたいわけです。そのことを無視して単に30万人という数値目標を出しても、どこかでミスマッチが生じてくると思います。
 別の観点から考えると、日本の労働力人口は2030年までに1000万人減少すると言われており、このままでは産業空洞化もさらに進んで日本経済が大きく停滞することが予測されます。例え留学生を30万人受け入れてすべて日本で就労してもらったとしても、数的には足りないのです。特に製造業分野や、ITなど高付加価値分野の人材が不足していきますが、人材はすぐには育てられないので海外からも受け入れていかざるを得ません。その時に、日本文化を理解する留学生が多く就職してくれれば教育コストが削減できるわけですから、今後留学生は人材として大きな価値を発揮していくことになるでしょう。労働力の質確保のためには重要な存在だと思います。
 現在、優秀な留学生はどんどん欧米に流出しています。今門戸を開かなければ、本当に困ってから受け入れようとしても来てくれません。日本は、社会構造の大変化を見据えた中長期的な労働政策のビジョンを立て、その中で、一定期間日本に残って就労したい留学生を広く受け入れる体制を社会全体で作っていかなければなりません。現状では、経産省や厚労省、文科省と法務省で留学生に対する捉え方が違い、縦割り行政の弊害が出ています。やはり、どこかがリーダーシップをとってそれに他の省庁が協力していくという新しい関係の中で、ビジョンを作っていくべきだろうと思います。

――日本は何を受け入れの柱としていくべきでしょうか。
 日本の最大の強みはやはりものづくりであり、技術を持って帰ってもらえば各国の経済発展に最も貢献できると思います。日本は企業の98%を占める中小企業が高度なものづくりを支えているのですが、その多くは人材不足に直面しています。知名度の無い中小企業に留学生は行きたがらないかもしれませんが、働いてみれば小さな町工場に世界オンリーワンの技術が沢山あるのです。
 また、もう一つの強みとして観光産業があります。この分野の留学生には、地方などで実践トレーニングをする場をいくらでも提供することができます。観光は、旅行代理店業や運輸産業、ホテル業、飲食業、みやげ物産業、建設業などが関連するまさに総合産業です。日本には魅力的な観光地が多いにもかかわらず、訪れる外国人観光客数は世界で31番目とまだ少ないです。
 ですから、ものづくりや観光業界で留学生が卒業後に働いてもらえるように、日本の大学等と協力し、「日本に留学すれば手に職をつけられ、活躍できる場がある」としっかりアピールしていかなければなりません。それによって留学生の質の問題も改善されていくでしょう。そうしないでただ30万人の量を求め、語学試験さえ通ればだれでも来られるようにすると、目的のはっきりしない学生が増えてしまいます。
 学生が大学に行く目的は自分の将来のためであり、それは日本人も留学生も同じです。にもかかわらず大学が日本人と留学生とを区別して考えるのはナンセンスです。それは留学生をお客さん扱いすることであり、「アメリカでは学びたいことを学べるし働こうと思えば働けるが、日本ではほどほどのことしか教えてくれないし働けない」という印象を与えてしまいます。実際、日本に行っても将来のビジョンが描けないと考える留学生は多く、このままでは日本の国際競争力は弱まっていく一方です。
 学ぶべきものが見えてこないので日本にトップクラスの人材が来ていないのだとすれば、今後は思い描きやすい成功の実例が必要でしょう。つまり日本版のサクセスストーリーです。それがまだ無いならば、留学生が今後それを実現できるよう広く社会の門戸を開き、アジア唯一の先進国にふさわしい人財開国を成し遂げていかなければなりません。


カク ヤンチュン
 1985年立教大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。1988年立教大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。1994年立教大学助教授、2001年4月より教授。専門は途上国の経済開発など。