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テーラーメード人工骨 


インクジェットプリンタで作成  加工と治癒の時間を短縮


  今月は、テーラーメード人工骨の開発を進める、東京大学大学院医学系研究科助教授の鄭雄一氏にお話をうかがった。


ぴったり合う形に加工
――骨の移植手術の現状からお伺いします。
  現在、先天的な疾患や事故などによって骨が欠損した場合に骨を入れ込む手術の件数は、全国で年間8万件に上ります。最も多く行われている治療は、自分の腰や胸、頭蓋骨の一部をとって足りない部分に移植する方法ですが、これでは問題のない部位を傷つけてしまいますし、骨を取れる量にも限界があります。一方、死体の骨を移植する方法もありますが、細菌などの感染の危険性がありますし、人間には未知の感染症がたくさんあるといわれていますので、すべてチェックしたとしても交差感染の心配が残ります。そこでこういった問題をクリアするものとして人工骨が使われています。
  しかし加工方法の面では問題が残っています。人工骨の素材はリン酸カルシウムで、ブロックを医者が彫刻刀などで削って形合わせするので、なかなか形をぴったり合わせることができないのです。また、強度を出すために焼いて硬くしたタイプのものがよく使われるのですが、もともと人工骨はある程度溶けて自分の骨と置き換わることで体になじむものなので、硬いタイプでは接合しにくいのです。そこでわれわれはこれらの問題点を解決する新しい「テーラーメード人工骨」の開発に取り組みました。
  最大の特徴は、インクジェットプリンタを使って作る点です。リン酸カルシウムの粉の層を0・1ミリずつ積み重ね、100回重ねると1センチの立体になります。一層ずつ固めながら作っているので、実物には積層した線が入っています。この技術自体は工業界では既に石膏でモデルを作るのに用いられていましたが、われわれは、体内に入れ込む素材を3次元インクジェットプリンタを用いて自由に加工し、移植することに初めて成功しました。水を入れると再結晶化するリン酸カルシウムの性質を利用していますので、体内に糊などの不純物は入りません。 
  まず、骨をCTにとって、必要な部分の3次元画像をバーチャルに設計し、そのデータをプリンタに入れて人工骨を作ります。従来は骨が欠けて無くなってしまった人に対しては想像しながら素材を削っていくしかなく、交通事故などの場合複雑な形が要求されますのでかなり時間がかかっていました。しかしこの方法なら小さな部分であれば数時間、普通の骨なら半日もあればできあがりますので、将来的には事故で入院した場合などにはその日じゅうに移植することも可能となります。プリントヘッドを増やせばもっと時間を短縮できるようになります。
  また、骨と接合する部分には穴が開いていて、時間が経つにつれてそこに骨が自然に入り込むような構造になっていますが、このように人工骨の内部に穴などの構造を自由に作ることができる点も大きな特徴です。


誘導物質をプリント

  これまで説明したものは、人工骨の構造を工夫することで治癒を促そうとするものですが、基本的には患者さんの治ろうとする力を利用しているだけなので第一世代と捉えています。現在は、さらに治癒を早めるために、側面に骨の接合を促進する物質をプリントし、穴には血管を誘導する物質をプリントした第二世代ものを開発中です。インクジェットプリンタならばトナーに誘導物質を入れるだけでそのようなこともできてしまいます。今年から動物実験を始めており、できれば一、二年中には人の臨床研究を始められるようにしたいと考えています。これがうまくいけば、こんどは内部に細胞も入れた第三世代の人工骨の開発に着手していく予定です。細胞をじかに入れ込むことでさらに治りが早くなることを期待しています。


――実際の治療例は。
  東大病院で今年から臨床研究を始め、現在まで5人の方に手術を行っています。一人はあごの骨を手術してもう半年が過ぎていますが、特に問題なく生活なさっています。顔はわずかな骨の変形で大きく変わって見えますので、そのような患者さんにとっては大きな福音ではないかと思います。まだ股関節などに使うには強度が足りませんが、将来的には強度面を克服し、骨折で寝たきりになってしまったような方も治療できるようにすることが目標です。そのため金属とのハイブリッドにするような方向性も考えています。
  骨が欠けたり変形したりしてしまった人の骨を何とかして補ってあげたいという思いが、私がこの研究に取り組む一番の原動力となっています。医用工学、特に人工骨分野の研究で日本は世界のトップレベルにありますが、そのような現状に満足することなくわれわれは次世代人工骨の開発をさらに進め、この技術が世界中で使われるようになることを目指しています。