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パルプ射出成型技術 


プラスチックに代わる紙素材  分別不要で気軽に廃棄可能

  今月は、パルプ射出成形技術の研究開発プロジェクトを推進する、東京大学国際・産学共同研究センターの横井秀俊教授にお話をうかがった。


環境面で大きなメリット

  われわれの研究室では、紙素材を立体形状に射出成形し、プラスチック製品の代わりに用いるための技術を、複数の企業と共同で研究しています。紙素材は燃えるゴミとして気軽に捨てられる上、再生利用も簡単で、環境面でのメリットが大きいのです。
  プラスチックはもともと石油から作られた素材であり、燃やして処理すると二酸化炭素を排出します。埋め立てても土に還りませんし、有害な物質が出て環境汚染につながることもあります。本来はリサイクルできれば良いのですが、プラスチックは種類別に分別しないとリサイクルが難しいのです。わざわざ何種類かのプラスチックを混ぜ合わせて、新規に開発した材料と同等以上の性能を出すアロイ化技術もあります。こうして、いったん素材を混合してしまうと、別々の材料に分離が不能で、リサイクルするのに膨大な工程を要します。生活ゴミについても、プラスチックを分別するのに手間がかかりますし、洗浄には水を使います。リサイクルのために新たなエネルギーや資源を使うのでは意味がありません。生活ゴミなど、下流に行けば行くほどプラスチックのリサイクルは大変で、もとは石油ですから燃やすか、手間をかけずに埋めたほうが効率がよくなります。
  環境に排出されても環境汚染を抑制でき、低い環境負荷であるプラスチックとして開発されたのが、自然に分解して土に還る生分解性プラスチックでした。さらに、燃やしても自然のサイクルに負荷を与えない植物由来のポリ乳酸なども開発されました。しかしこれらはまだ高価で、必要な特性や成形のしやすさに問題があり、広く普及するには至っていません。
  そこでわれわれが着目したのが、植物由来で自然のサイクルを乱すことがなく、しかも比較的安価なパルプ素材です。身の回りの安価な材料でプラスチックと同じ機能を実現できる適用分野があれば、それにシフトするべきだとわれわれは考えたのです。そして、紙だからこそ実現可能な新しい機能を、射出成形技術を通じて見出そうとしています。
  例えば発泡スチロールの代用品として卵のトレイなどに使われているパルプモールディングでは、複雑なものや高精度なものは作れませんが、射出成形なら、高精度な3次元の形状を備え、強度面でプラスチックと同等のものを簡単に作れるのです。既にCDケースやバインダーファイル、薬剤ボトルを収めるアンプルケースなどが製品化されています。バインダーファイルは金具もすべて紙製にすることで、分別せずそのまま捨てられるようになっています。アンプルケースも分別収集の必要がないので医療現場で重宝されており、しかも紙とは思えないほど精度が高いので、不良品の発生による工場のラインの停止もなくなって生産性の向上に大きく貢献しています。
  今まで紙といえば2次元のフラットなものだと定義されていましたが、射出成形技術によって「3次元立体形状の紙素材」という新しい紙の概念が生み出されたといえます。将来的には物流の分野で非常に大きな貢献ができるでしょう。最近になって、紙素材でなければ実現できない用途も見出され、それが単に成形品の分野にとどまらないことも分かってきました。これはゆくゆくは世界に広まるようになる技術だと確信しています。
  この技術は企業との共同研究の賜物であり、大宝工業株式会社、日精樹脂工業株式会社と共同で開発を進めてきました。当初これらの企業が持ち込んできた研究課題は、材料の特性などを解明し、工程にかかる時間を3分の1以下に短縮することでした。それが実現できれば大幅にコストダウンでき、従来の樹脂に価格面で対抗できるようになるのです。実は金型の中でどんなことが起こっているかは、企業にも、この樹脂成形の分野で20年研究しているわれわれにも分からなかったのです。
  そこでわれわれは、複数の企業と同時に研究し、参加したみなが使えるプラットフォームを作ろうと、コンソーシアムを立ち上げたのです。いかに幅広く研究成果を社会に還元できるかが、この技術を発展させる上で一番重要な点なのです。
  共同研究といえば通常は大学と企業が1対1で行いますが、現在行っている超高速射出成形のプロジェクトには競合する企業が18社も入っています。このようなマルチクライアントの例は日本ではまだあまり見られませんが、今後は一社の利益のためだけでなく、業界全体のニーズを代表するような共同研究のあり方が求められます。成果を企業に均等に返し、可能な限り社会全体に還元していく。このような形こそが産学連携の王道であると考えています。