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バイオ電池 


生体の仕組みを電池に応用  スポーツドリンクでも発電可能


  今月は、ぶどう糖で発電するバイオ電池を開発した、ソニー株式会社マテリアル研究所の畠沢剛信氏と戸木田裕一氏にお話をうかがった。


糖質を含む水を注ぐだけ
――バイオ電池とはどのようなものですか。
畠沢  今回試作したのは、ぶどう糖水溶液、つまり糖質を含んだ水をセルに注ぐだけで電力が得られる電池で、ぶどう糖の入った市販のスポーツドリンクでも発電可能です。50mWの世界最高出力を達成しており、メモリータイプのウォークマンで音楽を再生することに成功しています。
  これはぶどう糖(炭化水素)を酵素で分解してエネルギーを取り出す生体のしくみを応用したものです。ぶどう糖は、太陽光を受けた植物が光合成によって合成する物質の一つで、地球上に豊富に存在するエネルギー源です。
  しかも、ぶどう糖はエネルギーの塊で、ご飯1杯分を100gとすると単三電池64本分のエネルギーに相当します。この高密度のエネルギー源を効率よく使っているのが生体であり、これを超えるほどの高効率な仕組みをまだ人類は工業的には使えていないのではないかと思います。 
  これまで人類が長らく利用してきたエネルギーはつまるところ「物質の結合エネルギー」です。例えば物を燃やすと物質が壊れていき、そのときに結合エネルギーが熱の形で出てきます。電池は「イオン結合」のエネルギーを用いて電気を得ています。そしてバイオ電池は、今まで人類があまり目を向けてこなかった「共有結合」のエネルギーを利用しています。生物は体内で酵素というタンパク質を使って、「共有結合」で強く結合した炭化水素を上手に分解しています。人間はその作用を通じて自身の活動エネルギーを取り出しています。これは実に驚異的な仕組みであり、生物が何億年もかけて培った非常に巧妙なシステムなのです。また、植物は太陽エネルギーを光合成し、炭素の鎖に上手に水素をつないでグルコースを作っています。地球上で一番魅力的かつ危険な水素エネルギーを、これほど安全に利用している仕組みはないのです。そこで何とかこの共有結合を人類が応用し、電気エネルギーに変換できる方法はないかと考えたわけです。今回開発したバイオ電池では、まだ、生体のように効率よくぶどう糖のエネルギーを使いこなせていませんが、研究が進んでいけば、高効率で、しかも、我々が育てて作り出す植物を由来とする環境にやさしい新しいエネルギーデバイスが実現すると考えています。
  バイオ電池は環境にやさしい将来のエネルギーデバイスとして期待されていますが、われわれは最初から従来型電池の環境負荷の問題を解決しようと開発を始めたわけではありませんでした。純粋に効率の高いエネルギー源を追求していった結果、行き着いた研究なのです。バイオ電池の研究開発を通して、高効率を追求し無駄を省くことこそが「エコ」なのだという原点を再認識したように思います。


エネルギー源が身近に
――我々の生活に与えるインパクトについて。
戸木田  従来の電池は使用する鉱物資源などの物質の関係で、一度壊れたら液漏れして急に危険なものに変わってしまいます。しかしバイオ電池なら、例えば子供が投げつけて壊しても漏れるのは砂糖水ですので、おもちゃなどにも安心して使うことができます。また、従来の機器をそのまま使えるように、セル自体を従来型の電池と同じ大きさ・形にすることも可能になると考えています。
畠沢  消費者が電池にエネルギーを補給するという使い方を提案することも可能なので、まるで餌をあげて育てるような、今までの電池の概念を全く変えるものになるかもしれません。普及すれば、いつでもどこでもエネルギー源が身近にあり、簡単に補給できるような世の中も夢ではありません。現在のエネルギー供給の仕組みは、タンカーから始まる巨大な供給サイクルを回し、輸送や精製、発電等の各段階で何十%ものロスを出しながら個々の消費者のもとへと届けています。バイオ電池ならその一元構造を改め、もっとローカルなところでエネルギーのサイクルを作り出せるようになります。地球全体として見た場合に非常にリーズナブルなエネルギーの使い方を提案できる可能性があるのです。


――地産池消の一助になると。
戸木田  ローカルという点では例えばぶどう糖の代わりに各地の特産品をエネルギー源に用いることも原理的には可能です。その物質を分解する酵素を持ってくればよいわけです。


――将来、パソコンも砂糖水で動くようになる時代が来るかも知れませんね。
畠沢  ぶどう糖が持っている重量や体積あたりのエネルギー密度は非常に高く、メタノールを用いた燃料電池よりもバイオ電池のほうが物質としての潜在能力は高いのです。これを酵素の力でどれだけ引き出せるかが今後のチャレンジです。生体のしくみをエレクトロニクスのデバイスに取り込んでいく研究開発は300年ぐらいの科学史を振り返ってみてもそう多くはないでしょう。もし製品化されれば、歴史的な商品になるだろうと自負しています。