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量子コンピュータ 


「量子テレポーテーション」に成功  超高速の計算が可能に


 今月は、量子コンピュータの研究を進める東京大学の古澤明教授にお話をうかがった。

演算速度が超高速に

――量子コンピュータとはどういうものですか。
古澤  きわめて単純化して言うと、コンピュータは演算を行いますが、現在のコンピュータの論理回路は「2入力1出力」となっています。イエスかノーかを演算のゲートを通じて選別し、2入力が最終的に一つの答えに収束するという逆ツリー構造です。それに対して量子コンピュータは、あみだくじ型の「2入力2出力」で、ゲートの各段階にはイエスとノーが同時に入ってきて、もつれ合いながら演算が進んでいくため、論理演算ゲートの数を圧倒的に減らすことができるので、速度が速くなるのです。

――現在のスーパーコンピュータで不可能な計算も瞬時にできるようになるといわれています。先生がキーファクターとして成功させた「量子テレポーテーション」とはどういうものですか。
古澤  われわれが1998年に成功させたもので、まさに量子コンピュータ研究の核心部分といえるものです。現在の実験装置は4・2m×1・5mの定盤上に組み立てられており、これは量子コンピュータの基礎となる計算回路に相当しています。現在一般に使われているコンピュータは登場した当初、演算装置を並べるのに体育館のような面積を必要としたといいます。われわれはちょうどその体育館世代にあたる量子コンピュータの装置を開発しているといえるでしょう。
  実験の方法としては、スクイズド光という特殊な光を用いて量子もつれという特殊な状態を生成し、さらにその量子もつれを用いて、ある光の量子の状態を離れたところにある別の光へと移すのです。2004年には3者間での量子テレポーテーション実験に成功しています。

――それらの成果によって、量子を用いた情報通信ネットワークの可能性が実証されたと考えられるわけですね。量子をテレポーテーションさせるということの意味をもう少し分かりやすく説明していただけますか。
古澤  例えば、この「私」を例に挙げましょう。私の存在そのものは何かといえば、それは原子核と電子の塊です。しかし私を構成している原子核と電子がどこかに全く同じ数転がっていたとしても、そこには砂のような原子核と電子があるだけで、それは決して私ではありません。では、私とは何かと考えた場合、それぞれの原子核や電子がいつどこでどういう状態で在るかという、ある種の「情報」そのものなのです。
  人間である私をテレポートすることは実際にできるとは思いません。しかし仮にできるとしましょう。私を構成している原子核と電子を同じ数だけ用意しておきます。それらは情報が何も無い砂のようなものです。次に私の原子核や電子の測定をします。仮にその情報が全部抽出できれば、その情報を他の場所に送り、それに基づいて原子核や電子を動かせば私がそこに現れる。これが基本原理です。テレポーテーションは、量子力学的な状態においては可能なのです。しかし人間は量子力学的な状態にはなっていないのでテレポーテーションは不可能ですが、思考実験としては、そう考えるとすべての現象のつじつまが合い、うまく説明できるのです。我々が行っているのは、過去にアインシュタインなどの学者たちによって出された種々の思考実験を、21世紀の進歩したテクノロジーを用いて実証していくということであり、これこそがすなわち物理学なのです。

――研究の現状と、その目指すものについて教えてください。
古澤  現在の量子力学は、将棋にたとえれば個々の駒の動かし方がわかった段階です。しかしゲームである将棋には「居飛車」などの戦術が存在します。そういった、大量の量子が複雑に絡み合う「高等戦術」については全く分かっていません。ひとつの量子の運動は完璧に分かって実験的に検証・予測できるようになってきたものの、それらが合わさった複合量子系の世界は分かっていない。これはいわば、ルールだけ分かっていても、玄人と将棋をしても絶対に勝てないということです。
  われわれが量子コンピュータを研究しているのはある意味で表看板としてであり、それを通じて自然界の高等戦術(複雑量子系の性質)を明らかにしていこうというのが本来の目的です。
  ひところの物理学では還元論、つまり素粒子にまでスケールを小さくして見ていけばすべての物理現象が分かるという考え方がはびこっていました。本当は素粒子だけ分かっても、それらが複雑に絡み合っているものの性質などは絶対に分からないのです。「more is different」という有名な言葉を残した物理学者がいますが、われわれもそのような方向性を目指し、自然界の高等原理を解明していきたいと考えています。