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イプシロンロケット 


パソコン使い「モバイル管制」  ロケットの打ち上げを身近に

 今月は、「イプシロンロケット」の開発を進める宇宙航空研究開発機構(JAXA)の森田泰弘氏にお話を伺った。

点検作業を自律化

――イプシロンロケットとは何ですか。
 森田 JAXAが2013年度の打ち上げを目指して開発中の小型固体燃料ロケットです。打ち上げ作業の簡素化や低コスト化によって宇宙への敷居を大幅に下げることを目標としています。最大の特徴はロケットの人工知能化による「モバイル管制」です。今まで専門家が行っていた打ち上げ前の点検作業をロケット自身が自律的に行うので、点検システムが小さく簡素になり、保守の人手が少なくなる結果、大幅なコストダウンが図れます。

――人工知能化とはどういうことですか。
 森田 例えばロケットの姿勢を制御するバルブは非常に繊細で、点検には熟練した職人と十分な点検時間が必要です。そこで職人にインタビューしながら一緒に感覚を数値化・体系化し、打ち上げ現場に職人が行かなくても済むようにソフトを作っていくわけです。検査時のバルブの電流識別には、心電図の波形診断技術を用います。これまでロケットといえば一品製造の「工芸品」でしたが、専門家の知識やルールをデータベース化することで、それらを規格化された「工業製品」にしていこうという狙いがあります。
 もうひとつのポイントは、機器のネットワーク化が可能になることです。従来のロケット用の電気機器は、一定期間壊れなかったことの証明が必要となるため、インターネットが登場する前のような古い時代の部品も使われていました。点検用の配線を何十もある機器ごとにひとつずつつないでやる必要があり、機器ごとに専門の保守要員も必要になるため管制室には常に大勢の人が詰め、莫大なコストがかかっていました。そこで、人工知能化によって機器のネットワーク化を推し進め、インターネットのケーブルを一本挿せば、個人用のパソコン一台でロケットが何をやっているか確認できるようにしようというのです。
 これからはロケットの打ち上げを身近で頻繁なものにしていき、最終的には飛行機のようにロケットが打ち上げられるような世界を作らなければなりません。このプロジェクトはそういう意識のもとに成り立っています。飛行機も自動車も最初はこれほど普及するとは誰も予想しませんでしたが、いつかは産業になると本気で思った人が誰かいたわけです。ロケットも同じです。やがてロケットが人を乗せて頻繁に宇宙を往来する世界が来るためには、常に産業界と連動して最新のものを提供してもらい、ロケット開発から最新のものを提供するという相互作業がなければいけません。例えば釣り糸の材質の進歩がロケットのモーターケースのプラスチック繊維の進歩と連動することで、量産品の使用によるコストダウンが可能になるといったことがあります。

――イプシロンには「固体燃料エンジン」が使われているそうですが、その意義は?
 森田 固体燃料ロケットは、液体燃料ロケットのように飛んでいる最中に燃料を混合させる必要がないので、エンジンが不要です。つまり噴射するラッパ型のノズルさえあればいいので部品点数が劇的に少なくなり、射場でのエンジンの試験が要らないので扱いが簡単で、開発にお金も時間もかかりません。

――具体的にどれくらいコストが下がっていますか。
 森田 例えばM5ロケットの時代には、打ち上げ実験場に人が入って打ち上げて帰ってくるまでに10億円近い費用がかかっていたのですが、イプシロンは最大2億円と五分の一の費用になっています。現在、モバイル管制や自律点検の試作試験は終了しており、あとは実際に製造と打ち上げをする段階です。発射台に立てて発射するまでかかる時間は最短6日間で、技術的には毎週ロケットを打ち上げることも可能です。現場での組立てが大変なのですが、ロケットの最終状態に近い形に予め作っておき、それを打ち上げ前に組み合わせる方式を考えています。将来的にはロケットを再利用するようになるので、組立作業は最初に一回行えばあとは点検するだけになり、帰ってきた次の日には打ち上がる世界になるでしょう。
 今後、モバイル管制はいたって普通のものになるでしょう。私は、そのような次世代の宇宙開発に、世界に先駆けて取り組んでいることにやりがいを感じます。また、未来に向かってこれが必要なのだと説明し、理解を得て皆の気持ちを一つにしていくリーダーシップが必要とされると感じます。宇宙開発は50年経ち、今が次の50年の始まりの時期です。イプシロンの開発によって、日本は小型ロケットの分野をリードしています。今後は世界各国もこれにならい、「身近な宇宙」という未来に向けての第一歩を踏み出していくでしょう。



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