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申 鉄龍 氏 
(上智大学 理工学部 教授) 


企業の奨学金拠出に制度的課題  人材戦略と研究とのリンクを図れ

――留学生受入れで大事なことは。
 人生観が形成される二十歳前後の時期に、ゆとりを持って、言葉と文化の違いのハードルを背負わないでスムーズに生活できるようにすることが大事であり、留学中の支援をいかに充実させるかが重要なポイントです。例えば日本企業にはまだ力がありますから、政府は企業に留学生向けの奨学金を出すよう積極的に働き掛けるべきです。
 アメリカやイギリスになぜあれほど留学生が多く行くかというと、教授が企業や政府から研究費をもらってきて、その中から学費と奨学金を出しているので、自分でどんどん良い学生を選考して連れてくるからです。しかし日本では企業からお金が入ってきてもシステム上学費や奨学金を出すことはできず、滞在費やアルバイト代名目でお金を出すというおかしなことが続いています。例えば大学が企業から十分な研究費で研究を受託したとしても、研究補助としてその研究に携わった学生のアルバイト賃金としてしか計上できず、その研究の報酬として学費を支払うことはできないのです。企業は営利組織ですので、学費はあくまで奨学金のカテゴリで別扱いになるわけです。結局留学生に調査補助をしてもらい賃金を出すことにしておりますが、研究活動を時給計算するという時点で間違っています。

――奨学金は慈善事業的な扱いに?
 そうです。ですから企業が戦略として特定の国の留学生を計画的に募集するような文化もないし大学にやらせようともしません。人材戦略を大学の教育研究とリンクさせ、学生の研究の中で良い成果があれば企業の研究成果として流れていくようにすればよいのです。私はいつも企業の方に、日本でもそういうやりかたを実践するよう勧めています。
 ある企業の開発者から、日本の企業でもアメリカの大学に出す研究費は日本の大学に出す研究費の7倍と聞いたことがあります。ドクター一人にかかる経費や諸費用を確保し、先生の取り分も入れるのですから7倍になるのも当然です。学生を呼ぶ前には予算を確保してから呼ぶものです。この点で日本は社会の仕組みや意識を変えていく必要があるでしょう。
 ちなみに私の研究室ではトヨタとの共同研究がずっと続いており、過去6年間10名を超える博士留学生がプロジェクトに参加しました。トヨタは留学生が将来必ず自社に入社するとは想定しておらず、企業文化を学んでもらい、別の会社に行っても似たような分野で仕事をすればいずれは役立つしトヨタの考え方が広がるだろうと考えて協力してくれています。

――ダイバーシティ実現のノウハウにもつながるでしょうね。
 様々な人が日本に異文化を持ちこむことは、結局日本人が世界に出ていくことにつながります。大切なことは外国人を偏見の目で見ないこと、短期的に考えないことです。「日本で4年間勉強したのにまだ日本語が駄目なのか」というのではなく、5年10年のスパンで考えて、ふたを開けてみれば、日本企業の部課長レベルの人が中国出張で空港に降り立ったときに、かつての同級生が迎えに来ていっしょに飲むといった関係に発展する。そういうことがあれば新幹線受注などそれほど難しい話ではないのです。日本はこの20年間そうした関係が空白になっており、指導層に留学組がいるドイツやアメリカにみな仕事をとられています。
 実は、日本に留学して母国に戻り、学長や局長になった人は結構いますが、日本とまだつながりを持っている人が少ないのが非常に不思議です。日本で博士号を取って中国のある大学で学長をしている友人は、日本の母校には戻って来ません。こういうところが問題なのです。今からでもまだ間に合います。日本を知るだけではなく、日本が好きになる留学生を作るという観点を徹底的に留学生政策の根底に据えなければなりません。


SHEN Tielong
1986年中国東北重型機械学院工学修士。1992年上智大学博士(工学)。1992年4月より上智大学理工学部助手、助教授、准教授を経て現教授。武漢大学「珞珈学者」特任教授、他、燕山大学、ハルビン工業大学等客員教授。専門は制御工学。

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