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鈴木 江理子氏 
(国士舘大学 文学部 教育学科 教授) 


奨学金の支援は増やすべき


一緒にやっていける形に変化を


鈴木 江理子 氏


――留学生30万人計画はうまくいっているのでしょうか。

 日本よりも経済的な状況が厳しいアジア諸国からの留学生が大多数を占めるという現状を踏まえて、どういう支援が必要かをもっと考えた方がいいと思います。政府は30万人計画を立てておきながら、それを実現するための十分な奨学金制度の拡充をしていません。依然として多くの留学生にとっては授業料も入学金も、そして日本での生活費も高額であり、その部分のケアがないまま人数を増やそうとすること自体が問題です。目標達成には、それにふさわしい予算措置が不可欠です。経済的支援の充実が難しいのであれば、企業の保養施設や空き室のある社員寮を学生寮として提供してもらうなど、生活面も合わせて国や大学、地域が支援していくべきです。そのように魅力的な留学の場をうまく作っていけば、アメリカに行きたかった学生も日本留学を希望するかもしれませんし、将来的には50万人の受け入れも可能かもしれません。しかしそれがうまくいっていない中で数だけ増やしていくことは好ましくないと考えます。


――留学生の多くは勉学を続けるためにアルバイトが必要で、いっぽうの日本社会も留学生の労働力に頼っています。

 日本社会の労働力不足の問題と留学生の受け入れとは切り離して考える必要があります。実際には、本当に学びたいと思って来ている留学生ですら週28時間の制限では生活が厳しいという声を耳にします。そうであればなおさら資格外就労の制限を緩和するよりも奨学金などの経済的支援を増やすべきです。留学生の場合、日本人学生と比べて日本語というハードルもあるなかで、もっと学びたいと思いつつも、本来の目的である学びの時間が十分にとれない者が少なくありません。

 一番の問題は、彼/彼女らがアルバイトに時間をとられすぎて、将来、つまり卒業・修了後に労働市場に出ていくための人的資源を獲得できないまま、中途半端に社会に出ていってしまうことです。高等教育機関で十分に学び労働者となりうる力をつけたうえで日本で働く、あるいは母国に帰るか第三国に行くといった選択がなされるのが本来の姿だと思いますし、それで結果として日本で働きたいと思ってくれる人がたくさん出てくれば日本社会としてはありがたいことです。


――日本社会と日本企業の魅力の向上が課題ですね。

 グローバル人材の受け入れは目標設定して努力するようなものではなく、会社が彼/彼女らにとって魅力的な場に変わっていくことで、自然と増えていくことが望ましいと思います。留学生を受け入れたいと扉を開いておきながら会社が全く変わらないのはおかしなことです。これまでと違う人たちを受け入れるのですから、当然その人たちを含めた形でシステムを見直すことが出来なければ本当の意味で受け入れたとはいえないでしょう。

 例えばイスラムの方たちの場合、会社で必ず飲み会があるのはつらいという声を聞きます。宗教上酒席に同席することにも抵抗がある人もいます。勤務時間中は黙々と働き、飲み会でワイワイ騒いで社員同士の交流を深めるといった日本的な会社のやり方で、彼/彼女らが輪に入っていけないのであればそれを見直す必要があります。しかも実は日本人でも「この会社に入社したからには」と無理やり会社に合わせてきた人たちは多いと思います。外国人を受け入れることでそれが見える形となり、立ち止まって考えるきっかけになれば、違った組織の在り方も見えて来るはずです。

 これまでも日本企業では、退職後も働く高齢者が増えてきたことに合わせて短時間勤務が取り入れられたり、子育てしながら働きたいと思う女性たちが増えることで、育休制度や看護休暇が導入されるなど、非常に緩やかですが会社の制度は変化してきています。かつては育休など簡単にとれなかったのに、それを当然のように認める会社が増えてきました。それと同様に、外国人も構成員として平等に扱おうとするなら、彼/彼女らにだけ我慢を強いるのは間違っています。違う文化を持った人たちも一緒にやっていける形に変えていくことが必要です。

 育休が普及するのに1991年の育児休業法制定から今までかかり、それでもまだ不十分なので、外国人に関しても変化の道のりは長いと思います。しかし、変えていこうという意識をもっていかないといつまでたっても日本の会社は変わりません。外国人から見れば、自分たちは採用されたけれどもいつもよそ者だという意識がなくならず、そうなれば日本社会や会社のために頑張ろうとは思わないでしょう。働きやすい形になっていないので辞める選択をしたり、十分に力が発揮できないところに追いやられたりしています。優れた人材をすごく無駄にしてしまっているかもしれません。


――日本社会にも成長の余地がありますね。

 それは政策のみで誘導できることではなく、人と人とが出会うところから変わっていくはずです。例えばイスラムの子どもが通う小中学校のなかには、配布する給食の献立表で豚肉を使用しているメニューに先生が蛍光ペンでマーキングして対応している学校があります。日本語が読めない保護者でも、蛍光マークがある日にはお弁当を作って子どもに持たせています。やはり身近なところでの出会いから変化が生まれ、皆に伝わっていくものなのです。

 企業においては、日本人中心に作ってきたこれまでのシステムにそのまま留学生を乗せるのではなく、例えば「今年採用した中には何人の外国人がいる、ではどんな新人研修や人事をしたらいいのか」と柔軟に考えていくことが大事だと思います。


すずき えりこ
一橋大学大学院社会科学研究科修了。博士(社会学)。民間シンクタンク等を経て、2010年4月より国士舘大学に着任。2017年4月から現職。専門は移民政策、労働政策、人口政策。


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