Top向学新聞特別インタビュー>次代を拓く 原丈人氏 2019年1月1日号

会社は「社会の公器」
 
全ての社中に適正な富の分配を


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はら・じょうじ

1952年大阪生まれ。デフタ・パートナーズグループ会長、内閣府参与(現職)。慶応義塾大学法学部卒業後、考古学研究を志しエルサルバドルに渡る。その後研究資金を得るため渡米してビジネスを学び、米国初の光ファイバーディスプレイ製造会社を起業して成功。情報通信分野のベンチャー企業への出資・経営等に携わり、シリコンバレーを代表するベンチャーキャピタリストとなる。現在、国連経済社会理事会の特別協議資格を持つアライアンス・フォーラム財団代表理事。


 世界で富の偏在化が進み、富裕層と庶民の所得格差が広がる中、その要因となる株主利益至上主義の問題点が指摘されている。「公益資本主義」を提唱する原丈人氏は、「会社は社会の公器」ととらえる日本発の新しい経済ルールを作ることを通して問題解決の具体策を示そうとしている。(2018年6月の早稲田大学での講演および単独インタビューより構成)


豊かな中間層を増やす
 
世界が憧れる企業統治を日本から



公益資本主義とは何か

 私は、株主と経営者だけが豊かになるのではなく、事業にかかわるすべての人たちが報われるような世の中を作りたいと考えています。会社は社員や顧客、仕入先、株主など会社を成功に導いてくれるすべてのメンバー、「社中」のお陰で成り立っています。だからこそ全ての社中に対して、適正に富を分配していくべきだと思います。私の提唱する「公益資本主義」では、会社は株主のものではなく「社会の公器」であると定義しています。企業が持続的な成長を支えるために中長期的な投資を行い、リスクを取って新事業にチャレンジすることで、イノベーションが起き、企業は長期に亘って存続し、社会に貢献し続けることができます。

 今、世界では「会社は株主のものである」と考える、英米型の株主資本主義に基づいた企業統治がはびこっています。ビジネススクール等では、「会社は株主のものであり、社長および取締役の使命は、できるだけ短期間で株主利益を最大にすることである」と教えます。この考えに基づいて事業経営をすると、例えば同じ100億円のリターンを得るのであれば、10年ではなく5年、3年で得ようとして、どんどん目標が短期化していきます。さらにこれが進むと、富の偏在や格差の拡大が起き、イノベーションが起きなくなってしまいます。

 イノベーションを起こすためには時間もお金もかかりますが、必要な期間や費用を予測することは不可能です。実はイノベーションのメッカとして有名なシリコンバレーでは、もうイノベーションは起きづらくなっています。自分で一から新しいものを生み出すのではなく、他人の発明を真似たり、お金で買ったりする会社が増えているからです。



英米型株主資本主義の弊害

 株主にたくさんの利益を還元する会社こそが素晴らしいという、英米で生まれた風潮は、近年異常な事態を引き起こしています。会社が生み出した利益の全て、あるいはそれ以上の金額を株主に配当するような会社がいくつも出てきているのです。彼らは銀行から借り入れをしてそのお金を配当したり、借りたお金を自社株買いにつぎ込んだりしています。例えばヒューレットパッカード社は1000億円の利益に対して1540億円も株主に配当しています。タイムワーナーは1000億円の利益に対して2000億円以上の社債を発行し、全て株主還元に使ってしまっています。

 自社株買いとは、会社が自分の資金や借入金を使って、市場に流通する自社の株式を買い取ることです。発行済み株式数が減るので、一株あたりの利益が上がります。しかしこれで利益を得るのは株主だけです。日本でもアメリカをまねて自社株買いをする企業が増え、株主への分配はどんどん増えています。一方社員への分配は、日本を含めてほとんど全ての国で減っているのが現状です。

 アメリカン航空は倒産しそうになったときに、社員の340億円分の給与を削減しました。しかし、なんとその直後に、経営陣は200億円ものボーナスを受け取ったのです。年間340億円の給与を削減することで会社の価値を上げたのだから、経営者がボーナスを受け取るのは当然だと、彼らは思っているようです。本来は従業員の給与ではなく、経営に失敗した経営陣が自身の報酬を削減すべきですし、利益が出ていないのだから株主への配当もできないはずです。しかし株主資本主義においては、社員を解雇する、あるいは社員の給与を削減するのは、株価や企業価値を上げるための正当な手段と考えられています。会社が経営状況の悪いときにストックオプション(あらかじめ定められた価格で株式を購入できる権利)を経営陣に配っておき、社員の給与削減によって株価が上がった際にストックオプションを行使すれば、経営陣も株主も儲かる仕組みなのです。

 このような短期利益の追求が進むにつれて実体経済が見かけ上の企業の価値と乖離してバブルが起き、バブル崩壊の過程で少数の勝者がほとんどの利益を独占してしまい、超富裕層がますます富んでいくという現象が起きています。



貧富の差がもたらす社会不安

現代世界の富の偏在を示したイメージ図

 2017年のダボス会議にて、世界上位8人の資産が、世界72億人の下位36億人の資産と同じであると発表されました。富が一部に集中していくと、不満の捌け口を代弁してくれる政治家に投票する人が増え、民主主義が機能しなくなります。英国のブレグジットも米国大統領選もその結果でしょう。中間層が消滅し、貧富の差が拡大し続ければ最終的には内戦が起こります。

 世界における民間企業の役割と影響力は、どんどん大きくなっています。世界の民間企業と国家をあわせて経済規模を比較すると、上位100位のうち70以上が民間企業で、国は30程度しかありません。ウォルマート社の売上高はスペインの歳入よりも多くなっています。その民間企業が、株主ばかりに利益配分をしていたのでは全世界が非常にいびつな状態になるのは確実です。

 私は2000年頃からこういった状況に危機感を覚え、2003年には読売新聞に「アメリカの資本主義は社会に有用な企業を全部崩壊に導いていく可能性すらある。その理由は、企業統治の要をなす『会社は株主のものだ』という間違った考え方にある」「企業は誰のもの、何のためにあるのかという問いに対して、基本に立ち返るべきである」と書いています。

 私は内閣府参与の立場から、企業経営における短期主義の弊害を取り除くとともに、新分野の研究開発ベンチャーに投資しやすくするための税制改革を行い、欧米の先を行く企業統治制度を実現させようとしています。2017年3月には、上場会社3600社以上に義務付けられていた、決算短信における業績予想欄の記載を任意とすることができました。季節によって売上が大きく変化する消費財メーカーや、短期間での評価に適していないインフラ企業に四半期ごとの業績予想を義務付けることは、短期主義を助長しかねないと私は考えます。この改革により、今までこの作業に費やされていた残業時間2億時間と賃金8000億円が節約できます。2018年から2019年にかけては金融商品取引法を改正し、四半期決算開示を不要にしたいと考えています。実現すれば、残業時間7兆円の節約ができるようになるので、この費用を社員の給与の増額に充てたり、研究開発などに投資したりすることも可能になります。



新しい企業価値の世界基準「ROC」

 そして、企業価値を測る新たな世界基準も作ろうとしています。

 従来の株主資本主義における「稼ぐ力」は、ROE(Return on equity)、つまり株主の持分に対するリターンを大きくしていくという考え方に基づいています。社員の給与を減らし、顧客に対する安全性を減らせば減らすほどROEを上げることができます。このような方法でROEを上げれば優れた経営者だと讃えられますが、安全性の軽視が進めば、やがて必ず事故が起きます。

 公益資本主義における企業価値の指標「ROC(Return on company)」は、社員、地域社会、地球、顧客など会社が関わる全ての社中に対する付加価値を評価するという考え方です。アライアンス・フォーラム財団(AFF)の公益資本主義研究部門では、社中への付加価値の分配が公正であるほど長期的な株主への還元も上がるという理論体系作りに取り組んできました。約2000社の東証上場企業の分析の結果、ROCの高い会社は発展性が高いという相関関係が見えてきました。社中への付加価値向上が長期的な株主還元の向上に繋がれば、社中を犠牲にして株価を上げることはなくなります。このROCを用いて実際に投資信託で運用してもらうことにより、ROCの向上に伴って会社が繁栄するという実例が増えることを願っています。

 2014年には内閣府の経済財政諮問会議で、株式の長期保有を優遇できる制度設計を行いました。それを最初に活用したのがトヨタ自動車の「AA株」です。5年間は株式を売却できないものの、5年後に発行時の株価を割り込んだときには買った当時の価格を保証するというものです。このお金を使って、トヨタは研究開発拠点を作りました。

 例えば、新技術の研究開発へ投資した個人に対し、所得税を控除するような制度など、今後さらに発展させていけば、中長期の企業経営を可能にする資金が市場に入ってくるでしょう。世界の国々が最も憧れるような法制度と企業統治の仕組みを、ぜひ日本で生み出していきたいと考えています。

 また制度設計と同時に、人間が寿命を全うする最後まで健康でいられる技術の開発を行っています。事故で目が見えなくなっても見えるようになり、がんにかかっても回復できるような技術を開発している世界中の学者と一緒に事業を作り、技術を実用化することに今の私のほとんどの時間を費やしています。アメリカやスイス、カナダをはじめ中国でも事業を展開していくつもりです。次世代の基幹産業を創出していくため、必要なあらゆることを行っていくのがAFFと私の考えです。



アフリカの栄養不良を改善

女性グループによるスピルリナ小規模生産s

 女性グループによるスピルリナの小規模生産

(編集部)アフリカのザンビアでは栄養不良改善に取り組んでいらっしゃいますが、これも公益資本主義に基づくものですか。

 ザンビアでも公益資本主義の考えに基づき、豊かな中間層を増やすための栄養改善事業を行っています。

 今世紀、アフリカでは人口が30億人を超えると言われていますが、現在人口の95~98%が貧困層です。貧困層の約40%は栄養不良による脳の発達障害をかかえており、5歳を超えると、治る確率はどんどん低下します。彼らは大きくなっても単純労働に従事することしか選択できず、貧困から立ち直れずに自爆テロなどに利用されてしまうのです。

 そこでアライアンス・フォーラム財団の途上国事業部門では、アフリカのチャド湖に自生する藻「スピルリナ」の地産池消に取り組んでいます。牛肉100gあたりのたんぱく質含有量が19gであるのに対して、スピルリナには70gも含まれています。必須アミノ酸も20種類全て含まれており、目に必要なベータカロテンも多量に含有しています。しかも体内の重金属や不純物等を、尿を通じて体外に出す作用もあります。スピルリナには、デトックス効果があるのです。


公益重視の原点


ザンビアにおけるスピルリナ栄養教育教材開発プロジェクトで脳の発達の違いを見ている生徒たち。かなりインパクトがあった様子。ss

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ザンビアにおけるスピルリナ栄養教育
教材開発プロジェクトで脳の発達の
違いを見ている生徒たち
 


(編集部)公益を重視する原さんの考え方の原点はどこにあるのでしょう。

 公益資本主義の根本的な考えは、父や祖父から影響を受けています。コクヨの専務だった父は、発売されたばかりのクーラーを、社長室ではなく真っ先に工場に導入しました。祖父は明治時代に会社を作り、会社の成功後は、大阪で聴覚障害者の学校を作りました。しかし学校を出ても差別が終わらないことを知り、彼らだけで働ける場も作ったのです。こういった祖父や父の理念は、公益資本主義の哲学として脈々と生き続けています。

 私は大学時代に魅せられた考古学の研究を続けるため、皿洗い、家庭教師、塾の先生やペンキ屋などのアルバイトで資金を稼ぎました。どんな仕事でも最善を尽くして一生懸命行い、嫌だと思ったことがありません。それを不思議に思った友人に、私は「同じ時間仕事するなら一生懸命やって習熟したほうが得だと思わないか」と言ったのです。実際それはとても役に立ちました。最初にシリコンバレーで光ファイバーの会社を作った時、自分でペンキが塗れるので、月額賃料が1平方フィート31セントという破格に安い物件を借りることができたのです。私がしたことで役に立たなかったことは一つもありません。無駄だと思ったときにそれは無駄になるのです。



アジアの優秀な孤児受入れ育成を

(編集部)公益資本主義や原さんの様々な取り組みは、日本でアルバイトしながら学ぶ留学生にも参考になると思います。政府は2018年の「骨太の方針」で新たに人手不足の分野を対象に外国人労働者を受け入れる方針を決定し、今後海外から日本に来て働く方はますます増えそうです。

 今回の閣議決定で外国人労働者の受け入れを拡大しましたが、私はあまり賛成できません。代わりに別の案を提案したいと思います。例えば、毎年アジアの国々の孤児の中から、試験で選抜した人たちを日本国内で預かり、日本語で義務教育を実施します。そして卒業後、一定レベルの知識・技能を習得し、業務経験を積んだ人には本人が希望すれば、日本国籍を付与するのです。

 日本の労働人口減少を少しでも止められるだけでなく、海外からやってきた人たちが頑張っている姿を見て日本人は刺激を受けることでしょう。これは日本の活性化に繋がると考えられます。そして彼らは、日本人とは違う発想やアイディアをもっているでしょうから、文化の融合が生じて、新たな発明発見が起こるはずです。



Top向学新聞特別インタビュー>次代を拓く 原丈人氏 2019年1月1日号





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