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岡野工業株式会社 


今月は、プレス加工技術で「痛くない注射針」など独自の製品を開発し世界から注目を集める、岡野工業株式会社の岡野雅行代表社員にお話をうかがった。

不可能への挑戦

――「痛くない注射針」とはどのようなものですか。
岡野:長さが20ミリ、穴の直径が80ミクロン(100分の8ミリ)、外径が200ミクロンと、いわば蚊の針と同じような細さのものです。

――不可能といわれた開発に挑んだ理由は。
岡野:理論的に言って蚊に刺されても誰も痛いとは感じないでしょう。それと同じような針ができないかと、医療機器メーカーのテルモさんが日本中あちこち回ってみんなできないというので、とうとううちに来たというわけです。2~3年はさまよっていたんじゃないでしょうか。うちに来なければ永久にできなかったわけです。理論物理学の教授に理論的に不可能とまで言われていました。細すぎるからそれを丸めるのは不可能と。それでもあえて成し遂げたのは、人がやらないことに挑戦しなければダメだということです。みんなができないというんならやってみようと。そこに意気込みがあるんです。人ができないことをやるのが好きなんですよね。
  実際それまで医療関係はやっていなかったのですが、今までうんと蓄積した技術がいっぱい残っていたわけです。それで、これならこれとこれを組み合わせればできるな、と読み取れるわけです。それが職人というものです。そこが町工場の強みでしょう。うちは専門業者だからできるわけです。何でも屋では、人に負けないこれだというものはできません。大会社はやったことがないから、それを読み取れないんですよ。経験がないから、そこだけ見てできないと判断してしまいます。大会社は総合会社ですから、みつ豆から天丼まで作ろうというようにキャパシティーが広いために、能率一辺倒になってしまいます。 

試行錯誤の連続

――一番大変だったところは。
岡野:すべてです。やったことのないものをやるわけですから、試行錯誤の連続でした。一日何万個も作るシステムができなければできたうちに入りません。同じ品質でたくさん作ることができるようになるまでには、2~3年かかりました。そのため70年間生きてきて得たものを総動員しました。今は99%できて、安い値段でできるようになりました。針といえば根元から先まで同じ太さというのが普通ですが、私の作った針は、先が細くて根元が太くなっています。ですから液の流れも普通の針と同じようにいいのです。従来の考え方では針はパイプで作るもので、プレスで作る針なんてものは一切ありませんでした。これは世界ではじめてのことです。
  糖尿病の患者さんは、インシュリンの注射を一日3回も4回も打つそうで、そうするとタコができて針を刺すところがなくなってしまうといいます。それが蚊と同じなら痛くもありません。患者さんにとってはすごい朗報です。中学生から糖尿病の人がいます。その人は一生インシュリンの注射をして生きていくから大変でしょう。値段も一本1000円もすればその人が生きていけないと思うと、何としても何銭のレベルにまで持っていかなければならないわけでしょう。そんな注射針は全て最初だからお手本がないんです。前例がないので、たとえば作った私が一本10円といったら10円で決まってしまいます。ですからそこで甘んじていてはダメなんです。

仕事は遊びから生まれる

――誰にもできないものを作ろうというチャレンジ精神はどこから出てくるのですか。
岡野:優等生ではできません。優等生は小さいころから大学を出るまで、いろんなことで去勢されて教育されています。これをやったらダメ、これをやったら人に笑われると。ところが私たちみたいなのは自由放任で、勝手気ままに遊んでいましたから。仕事というのは遊ばなきゃできません。遊びの中から仕事というものは生まれてくるもんですよ。ですから理論じゃなくて感性です。遊びの中で感性を養っていくわけです。今の子供は遊び方が足りないと思います。人に与えられたもので遊んでいるので、自分の考えがないし発想力がないでしょう。それでは全く新しいものなんてできるわけがありません。

――いまやっているもの作りは。
岡野:うちは大体5年10年先を見て作っています。まずプラズマディスプレイの心臓部。あとSARSの検査機も作っています。これはもう出来上がっています。SARSが陰性か陽性かわかるまでには、今の検査方式では大体1週間かかります。それが2時間でわかる機械なのです。SARSだけでなく、インフルエンザから何から全部兼用できます。
  うちに来るのは、どこにいっても助からないというものばかりです。取引相手は世界中。今ドイツからも来ています。世界にひとつしかないものをつくる、人がやったものをやらない。どこでもやってないものをもってこい、やってるものは持ってくるなというのが意気込みです。どこかでやっている物はやりたくないんです。人ができない、やらないものしかやらないということです。