新時代新思考
- 世界の平和と地球環境をどう維持するか -
国境を越えた協力の可能性を問う
AIに日本語翻訳はどこまで可能か
今後の国際秩序のあり方について考えるシンポジウム、「世界の行方を問う―岐路に立つ国際秩序と地球環境」が、11月24日に地球システム・倫理学会と東京大学未来ビジョン研究センターの共催で開催される。AI時代を迎え、人間と科学技術の関係性はどこへ向かうのか。「国境」が再び存在感を増す中、国境を越えた国際協力はいかにして可能となるのか。同大会実行委員の近藤氏、藤原氏、佐々木氏に、目指すテーマと留学生へのメッセージを伺った。
近藤誠一(こんどう・せいいち)
元文化庁長官。1972年外務省入省。OECD事務次長、広報文化交流部長等を経て、2006年~2008年ユネスコ日本政府代表部特命全権大使。2008年9月から駐デンマーク特命全権大使。2010年~2013年文化庁長官、退職後の2013年に近藤文化・外交研究所設立。2016年瑞宝重光章受章。2019年4月からは日本初の専門職大学のひとつである国際ファッション専門職大学の学長を務める。
藤原帰一(ふじわら・きいち)
東京大学大学院法学政治学研究科教授。専門は国際政治学。比較政治学。東京大学未来ビジョン研究センター長。1984年東京大学大学院博士課程単位取得満期退学。フルブライト奨学生としてイェール大学大学院に留学。千葉大学法経学部助教授、東京大学社会科学研究所助教授等を経て1999年4月から現職。テレビ出演歴も多く、テレビ朝日「サンデー・フロントライン」のレギュラーを務めた。
佐々木瑞枝(ささき・みずえ)
武蔵野大学名誉教授、金沢工業大学客員教授(2013年~)。地球システム・倫理学会理事。釜山外国語大学名誉文学博士。NPO法人西東京市多文化共生センター顧問。山口大学教養部教授、横浜国立大学留学生センター教授、武蔵野大学大学院言語文化研究科教授を歴任。近著に『知っているようで知らない日本語のルール』(東京堂出版)ほか。
世界秩序と地球環境は共通の課題
(編集部)地球システム・倫理学会の近藤会長に、学会と学術大会の概要についてお伺いします。
近藤会長 地球システム・倫理学会は、人類が直面する問題に、政治学、経済学、哲学をはじめとする人間の知恵を総合した学際的なアプローチにより解決に取り組もうと、比較文明論で幅広い教養をお持ちの伊東俊太郎先生(東京大学名誉教授)が発起人となってできた学会です。既存の学問分野や職業の枠を超えて、志を同じくする者が議論し、行動をアピールすることを目指しています。
毎年1回、11月に総合的なテーマで学術大会を開催していますが、今年は「世界の行方を問う―岐路に立つ国際秩序と地球環境」というテーマを掲げて東京大学で開催します。
これまで、民主主義や資本主義のあり方や、戦争を防止する国際関係についての議論、平和や幸福を確保するための社会科学的議論等は、地球環境とは切り離されて考えられてきました。しかし人間がどういう統治システムを作るか、そして資源をどう利用しながら環境を維持するかということは同じ人間が行う事業であり、地球とその平和に影響を与えるという点では同じことですから、共に議論する必要があるのです。
いま世界秩序が大きく揺らいでいます。資本主義と民主主義、法の支配と人権といったリベラルデモクラシーの価値体系は、西洋発の普遍的な価値観として世界に広まり、フランシス・フクヤマはもう我々は歴史の終点に来たと言いました。みながこれで最良のシステムを手に入れた、平和は確定したと思ったのですが、しかしそれはあっという間に崩れました。アメリカは自由貿易に反することを行っており、ロシアも中国も領土的野心を隠そうとしません。その中で、世界秩序をどうやってまとめていくかということと、地球環境をどうやって守っていくかということは、どう自らを律して全体をマネージしていくかという点では共通している課題なのです。
大会ではさまざまな分野の専門家だけでなく一般学生にも広くドアを開き、グローバルかつ分野横断的な議論をぜひ若い方に聞いてもらいたいと考えています。
国際協力が拓くサステナビリティ
(編集部)学術大会実行委員長の藤原先生に、大会のテーマの背景についてお伺いします。
藤原実行委員長 地球システム・倫理学会はユネスコに縁のある学会で、国境を越えた国際的な課題に取り組んでいく方が集まる学会とも言って良いかと思います。
国境を越えた課題に誰がどう取り組むのかということですが、それは当たり前のように行われていることではないのです。各国がそれぞれ自国の利益を求めるとともに国境の中の出来事に取り組むのは当然です。その中で、国境を越えた課題への取り組みは、これまで覇権と結びついた形で展開されました。
かつての植民地支配の時代にも、領土として他地域を支配することと、本国で実現できない技術革新やイノベーションを植民地で展開することが同時に起こったわけです。第二次世界大戦の終結によって植民地支配は緩やかに過去のものとなっていきますが、やはり欧米の主要大国のイニシアティブの下で国境を越える事業が展開されることになりました。
途上国開発におけるOECDの開発援助委員会の仕事は、植民地から独立した諸国との経済的なつながりを維持しようとする大国の意志があったことは間違いありませんが、同時にそこでは、各地域の力では実現できない経済発展を図っていこうという国境を越えた経済協力の側面もありました。
民主主義と資本主義という国際的な制度体制は、欧米諸国の軍事的・経済的優位と結びついた形で展開しました。普遍主義を掲げながら覇権主義と繋がっている国際主義が大国を中心に存在し、他方でそれに抵抗する側は国家主権を独裁の隠れ蓑にしかねないという大変ドライな形で展開しましたが、こういった問題はもともと国際関係にずっとあるわけです。
その中でユネスコの役割は覇権をサポートするようなものではありませんでした。国際機関であっても大国の小間使いのような役割はせず、しかし国境を越えた協力を育んでいくわけですから、各国の協力も当然必要になります。
今、大国も新興経済圏も、国境の中に戻りつつある時代になり、やや逆説的ですが中国が国際主義を掲げている国の先頭になっています。このこと自体、他の国が引いてしまったことの現れです。
さてここで問題になるのは、国境を越えて取り組まなければならない問題が現実の世界にあるということです。それにどのように対応できるのかという課題がどうしても残ります。東西冷戦後に時には欧米諸国の盟主に寄りかかりながら成り立ってきたグローバリズムが、このままでは成り立たない状況になった今、どうするかということが私が考える今回の学術会議のアジェンダです。
中でも特に注目したいのが地球環境問題です。これは各国独自の対応だけでは成果が実現できず、国際協力がどうしても必要になる領域だからです。SDGsという国連が掲げた目標は大変な関心を集め、企業のESG投資やSociety5・0といった技術革新と結びついて議論されますが、それに注目が集まったのは「サステナビリティ」が大きな課題として共有されているからです。
そこで今回の会議では、基調講演を東大元総長の小宮山宏さんにお願いしています。小宮山さんはサステナビリティ実現のためどのように技術を組み合わせて社会を変えていけるのかを考え続けてこられた方です。続くシンポジウムでは、国境を越えた公益についての議論をされてきた静岡県知事の川勝平太さんをはじめとする各分野からのパネラーの皆さんにご議論頂く予定です。
AIにできることとできないこと
(編集部)留学生の読者へのメッセージを、当日のパネラーである佐々木先生にお願いします。
佐々木先生 国境を越えるというお話が出ましたが、いま日本語を学ぶために世界から様々な方が日本に来ています。今年になって日本語教育に関する新しい法律もできましたが、どのように世界から人々を招くのか、特に日本語教育をどう広めていくのかが課題となっています。
来日する人たちの中にはインターネットやAIを使って日本語を勉強してくる人も多くいます。そしてG20をはじめとする国際会議では同時通訳が盛んに行われていますが、いま問題となっているのはそういった場でAIがどこまで日本語を翻訳できるかということです。日本語を完璧に翻訳できるほどにはまだAIの技術は進んでいませんが、AIに何ができて何ができないのかを大会では具体的にお話ししながら日本語について考えていきたいと思います。
私は、AIと言語の関係がこれからの日本語教育を大きく制すると考えており、AIにおいて日本語が他の言語にどのように訳されていくのか、どのように誤訳を防ぐことができるのかを研究しています。省略された部分の翻訳がまだAIにはできないのですが、詳しくは今度の大会でお話ししますので、留学生の皆さん、日本語教育関係者の皆様はぜひお越し下さい。
◆地球システム・倫理学会 第15回学術大会
世界の行方を問う―岐路に立つ国際秩序と地球環境
日時:2019年11月24日(日)
会場:東京大学伊藤国際学術研究センター・総合学術研究棟
詳細とお申し込みはWEBページをご覧下さい
https://ifi.u-tokyo.ac.jp/event/4639/
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