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トラン・ヴァン・トゥ 氏 
(早稲田大学社会科学部教授) 


大学教育の質向上が課題  指導者の資質、日本人に学べ

 ――日本の留学生受け入れにおける課題点とは。
 いかにして大学教育の質を上げ、大学の国際競争力を確保していくかということ、これが留学生問題に限らず日本の大学教育全般について当てはまる根本的な問題です。教育の質を上げることがより良い留学生の受け入れにつながり、ひいてはそれが日本自身のためにもなります。
 そもそも留学生が日本に来ることの意義は、日本での生活や勉学を通じて人々とのつながりができ、それによって将来の日本とアジア諸国との信頼関係が築かれるとともに、彼らがそれぞれの国の担い手になった時にアジア諸国の発展に貢献できるという点にあるわけです。そう考えれば、確かに多くの留学生が来ること自体は非常に意義深いことですが、来てからきちんと勉強し、日本のことを理解して、帰国後にそれぞれの国で役に立つということが受け入れの大前提です。現在日本の多くの大学では定員割れを起こしていますが、そのため留学生を受け入れる戦略に転換して審査もそれほど厳しくせずに受け入れ、学生があまり勉強せずアルバイトに走ってしまうといった憂慮すべき事態が起こっています。今後は受け入れ人数を追及するのではなく、まず教育の質という根本的な問題を解決し、多くの優秀な学生が来るようにする必要があると思います。

――既に日本にいる留学生に対しては、日本人からどのようなことを学んでほしいとお考えですか。
 自分の専門の勉強以外にも、日本が大変苦労した明治時代と戦後30年間についてよく勉強してほしいと思います。国を建設するために何が必要かという観点から見れば、明治時代の指導者や有識者、国民は本当に素晴らしかったのです。例えば渋沢栄一、勝海舟といった体制の変わり目に生きた人たちは、新体制に直面した時どのように生きるか、そして旧体制下の人々にどう配慮し、どういう政策を取っていく必要があるのかを教えてくれます。彼らがいなかったら今の日本はなかったと思います。各国の国づくりに関わる人々が日本に来て彼らの精神を学べば、それが自国においても同様に必要な姿勢であることが分るはずです。
 また、戦後の日本については、全部破壊されて残ったのは人だけという状態から立ち上がり、十年間で回復してさらに十数年間で高度成長を遂げました。これは素晴らしいことです。なぜそれができたか、代表的な経営者や政治家、知識人の自伝などを読むと理由が良く分ります。ソニーの井深大や森田昭夫といった人達からは、起業家精神とはどのようなものであるかが学べるはずです。国がまだ大変な時代には経営者は愛国者でもあったのであり、トップに立つ人にはそのような面が必要なのです。アジアの一部では企業が偽物を作ったり、腐敗官僚と癒着したりする問題が見られますが、そういう企業は将来大きくなれません。社会の指導者に必要な資質は何かということが日本人の行跡から学べると思います。


トラン・ヴァン・トゥ
 ベトナム生まれ。1978年一橋大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士。海外技術者研修協会研修生、桜美林大学国際学部助教授・教授を経て現職。専門は開発経済学、国際経済学など。