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随 清遠 氏 
(横浜市立大学 国際総合科学部教授) 


内容で寄せ付けるのが王道  自国の社会や文化に自信を

――30万人計画は留学生の「獲得」を目指していますが。
 そもそも数値目標を立てて留学生を受け入れようとすることに意味があるのでしょうか。ミリオンセラー達成という数値目標のために歌うミュージシャンはいないでしょう。どうすれば学生が来るかをまず考えるべきであり、内容を磨いて相手を寄せ付けるのが王道です。
 日本のような経済大国は留学生受け入れでは本来買い手市場になるはずです。魅力がある国の大学は特別なことをしなくてもみながそこに行きたがるのが本来の姿です。しかし日本はわざわざ数値目標を作って留学生を取り入れようとしています。留学生の規模にあわせた受け入れ体制が必要でしょうが、これまで実際にあったように数値目標を無理に達成しようとする段階にはさまざまな弊害が出てきます。日本は独自の文化を持ち、短期間に経済大国になったわけですから、留学先として十分な魅力があるはずです。
 教育は本来、市場原理に最もなじまない世界です。人が来るなら何でもありではいけないのです。文科省はカリキュラムの監督・認可の権限をもっと明確にし、中身のないものであれば不認可にすべきでしょう。
 例えば米国の大学は入学希望者の英語力をきちんと審査しますが、日本では日本語能力すら見ようとしない大学も一部に存在します。いくら英語重視といっても、英語力を磨くために日本にくる人はまずいません。しかし「欧米に少しでもついていかなければならない」「英語を話せなければ国際化できない」といって、欧米に行くつもりのない学生に英語を徹底的に学ばせる風潮があります。「ここに来なければ学べない」という内容をまず自分で自信を持って考え、伸ばす必要があります。近年少子化が進む中、大学の生き残りのためとしか思えないような風変わりな学部名称や教育プログラムが増えています。やはり、監督権を持つ文科省がしっかり監督すべきです。
 個人的な考えですが、明治維新の官僚制度は素晴らしかったと思います。この十年間これほど頻繁に国家元首が変わるにもかかわらず国が機能し続けてきたのは、官僚が行政の中軸を支えてきたからです。ただ、国としてはずっとキャッチアップ型で真似しながらやってきたので、他国にないオリジナリティーが何なのか分からなくなっています。日本は既にフロントに立っていますが、フロントランナーにふさわしい考え方をするにはどうすればいいか模索している段階です。
 日本の社会のよさに触発されて留学生が来るのが本来の形ですので、数値目標達成のために留学生を受け入れても結果は逆でしょう。社会全体がそのために振り回されて疲弊してしまいます。これだけ短期間にキャッチアップを成し遂げた国には何かあると考えて学生は来るでしょう。その点には自信を持っていれば良いのです。


随 清遠
中国天津市生まれ。北京大学中退、筑波大学第三学群社会工学類卒。東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。東京都立大学経済学部助手、横浜市立大学商学部講師を経て、横浜市立大学国際総合科学部教授。経済学博士(東京大学)。


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