面接で社長と人生談


日本と海外を繋ぐ商社マンに


王 翔渤さん (中国出身) 
(フジモリ産業株式会社) 


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中国・青島


 ビールで世界に知られる中国山東省・青島。19世紀末、ドイツの租借地となった青島には今なお洋風の建築物が多く残っている。 
 
 青島出身の王さんは2010年4月、「日本人は物事を長期的な視点で判断することに長けている。中国人が苦手な部分を学びたい」と日本に留学した。5年間の留学生活を経て、現在は商社とメーカーの機能をあわせ持つフジモリ産業で機能性フィルムを中心とする海外営業に関わっている。
 


父親は歯科医


 父親は歯科医で、「息子である自分の就職先を準備するため歯科クリニックを開業してくれた」という。小中高、歯科専門学校と親が準備してくれた道を懸命に歩んでいたが、徐々に「自分の人生」を考え始めるようになった。
 


日本留学への決意


 卒業年の専門学校3年生の時、ある特定機能病院の人事総務部門でインターンシップをはじめた。ビジネスの知識・実力不足を痛感し、「専門的な知識を身に付けなければ競争に勝てない」とすぐさま日本留学を思い立った。青島は日本との経済交流が盛んで、日本人の仕事ぶりを身近で見て尊敬していたからだ。
 
 既に日本留学している友人達に相談しながら日本語学校を探し、ビザの申請も済ませ、後は学費を納めるだけ。しかし「学費納金の前日まで両親に日本留学を打ち明けてはいなかった」。いよいよ期日が迫り、意を決して両親に日本留学への熱い思いをぶつけた。もし資金援助が得られなければ借金をしてまで留学する決意だった。いざ打ち明けてみると、父親はすんなりと了承してくれた。「これまで私には夢がないのだろうかと父親は心配していたようで、喜んでくれた」のだ。


和歌山で就職活動


 日本語学校を経て、和歌山大学大学院経済学研究科に進学。1年間の研究生生活の後、修士課程に正式入学した。修士1年の4月から就職活動の下調べに取り掛かった。企業説明会は都市部で開かれることが多く、和歌山を拠点に就職活動を行うことは厳しい環境だった。そのため、「和歌山で出来ることは全部やる」ことを心掛け、インターネットなどを駆使し日本の就職活動の分析、業界研究を徹底して行い、商社・化学に希望業界を絞った。
 
 夏休みには医療器具の専門商社で1ヶ月間のインターンシップに取り組んだ。志望業界を生で体験し、「モノを右から左に流すだけではこれからの商社は生き残れない。まだ見えない顧客の課題を掘り出し解決策を提示できる商社マンになりたい」と強く思った。


社長の人柄


 フジモリ産業と出会ったのは偶然だった。ある志望企業の説明会に参加するため大阪まで出かけたが、せっかくなのでと空き時間に参加できる企業説明会を調べたことがきっかけとなった。入社の決め手は社長の人柄だ。
 
 社長と総務部長を相手にした最終面接。普通の質問から面接が始まったが、「やがて力が入りこれまでの人生を熱く語りはじめってしまった」。すると社長がその話に共感。「結局1時間近く社長と人生談に花を咲かせた」結果、採用の方向で話が進んだ。しかし、その場で総務部長が採用に反対。反対を押し切って「社長が例外的にその場で握手をして採用を決めてくれた」。社長の心意気に入社の意思を固めた。


人材育成にかける費用と考え方 

 実際に入社して驚いたことは、人材育成にかける費用と考え方だ。国際課に配属され現在化成品の転売等に携わっているが、新人でも申請すれば海外に出張でき、昨年は新規取引先企業開拓のため2回台湾を訪問した。「挑戦したうえでの失敗は良しとしてくれる」社風だ。さらに、「適性・適応を考えてポジションを与えてくれ、成功見込みのある計画を立てれば、自分のやりたいことをさせてくれる器の大きさが一番の魅力」と評する。入社1年目の下積みは今年度で終わり、4月からは戦力の一員として奮闘することになる。「日本と海外を繋ぐために、両国の文化、認識を理解し必要な情報を仲介して伝えることが重要。最初は利益の少ないビジネスモデルでも、取引先企業を育てて良い仕事ができる関係を築きたい」と熱く語る。



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