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携帯電子カルテ 


患者が自分で健康管理 災害時にもカルテ内容を把握


 今月は、「携帯電子カルテ」の普及開発に携わる、吉原クリニックの吉原正彦院長にお話をうかがった。

携帯電話に健康情報が

――携帯電子カルテとはどのようなものですか。
吉原:従来、病院・診療所で医師が患者さんを診療した内容は、紙カルテに記入され保存されてきました。最近ではその内容をPCに入力しデータ形式で保存する電子カルテも徐々に普及し始めています。我々が開発した携帯電子カルテは、PCに保存されている診療データを、医師や患者さんの携帯電話に転送し、いつでも参照できるようにしたシステムです。
  医師向けのツール「melody」は、医師が休日に外出先で緊急の連絡を受けた場合や、停電・災害時などにも、複数の患者のカルテデータを把握し、的確な指示を与えることができます。災害時に端末の電池が切れても、今では手回し式の充電器がありますので大丈夫です。
  いっぽう患者さん向けのツール「candy」は、カルテ情報を暗号化して患者さんの携帯電話に保存できるツールで、病名、診療履歴、薬歴、血液検査のデータなどが30日分も入ります。アレルギーや、生活の中で気をつけるべきこと、次にいつ診療を受けたら良いかなど、主治医のメッセージを自分で確認することができますし、他の医師への引継ぎもスムーズにできます。保護者の方が子供さんの病状を把握するのにも役立てていただいています。現在、全国約200ヶ所の医療機関で対応しています。
  また、万一、糖尿病の方や高血圧の方が外出中に脳卒中で行き倒れたような場合に備え、裏に健康情報のQRコードを貼り付けたワンタッチの腕巻きバンドも作りました。救急隊員の方が携帯電話をそれにかざせば、倒れた方の緊急連絡先や、かかり付け医、既往症などの情報を即座に得ることができ、初動がスムーズにいくのです。
  携帯電子カルテの開発のきっかけは、1994年の阪神大震災です。私は当時大阪にいました。目と鼻の先の尼崎は大変な被害状況で、大阪まで親戚を頼って避難してきた方が大勢いて、中には病気の方もいらっしゃいました。しかし診察しようにもかかり付け医はつかまらず、病状が明確に分かりませんでした。そのときに、肌身離さず持ち歩けて情報のやり取りができるツールがあれば良いと思いました。その後10年たって携帯電話が普及し始め、それを情報記憶端末として利用したらどうかと考えたのです。当時すでに、患者さんの情報をインターネット上に置き、必要なときにアクセスして入手するという考え方はありました。しかしネット上に大勢の人々のデータを置けば、誰かがそれを盗み見たり、データが壊れてしまう可能性や、大規模災害時にはネットそのものがつながらない可能性も出てきます。やはり診療情報は、信頼できるかかり付け医の先生と、病んでおられる患者さんとが、診療所のようなクローズドな環境でそっと話してやりとりすべきものです。携帯電子カルテは、ネットやLANを介さず赤外線通信で端末に転送し、2重の暗号をかけられる万全のセキュリティ体制を設けています。

医師どうしの互助組織

  この携帯電子カルテのベースとなっているのは、「ダイナミクス」という電子カルテ・レセプトソフトです。私が基礎を最初に作って医師の皆さんに安価で配布したところ、口コミで広まり、その後多くの医師の方が現場のニーズに合うよう自分で改良を加えて発展させてきたユニークなソフトです。例えばある先生は、中性脂肪を棒グラフで表示できる検査結果ビューアを作ってくれましたが、そういった便利な機能をホームページにアップし、みなが必要に応じて追加できるようにしています。すでに全国2000の病院・診療所で導入されており、医師が全国各地で定期的に勉強会を開いて、情報交換のネットワークを築いています。いわば医師どうしの互助・共助組織が出来上がっているのです。
  開業医を取り巻く現状は厳しく、経営に行き詰って小児科、産婦人科などが減り、地域医療は崩壊しかかっています。
  例えば診療所では月1回レセプト(診療報酬明細書)を書いて請求し、2ヵ月後にはじめてお金が入って来ます。それはまさに診療所の生命線ともいえる作業です。しかし作成は大変で、事務員が総出で残業する場合も多いのです。この作業がなくなれば大幅な業務の効率化と人件費の削減が図れます。そこでダイナミクスでは、レセプト作成も簡単に短時間でPCから行えるようにしました。経費が減り損益分岐点が下がれば、無理して多くの患者さんを呼び込まなくてもよくなります。医師の生活にゆとりができて、患者さんもより長い時間丁寧に診てもらえるようになるのです。ダイナミクスはマウス入力ですので、本来患者さんに向けられるべき目と手がPCにとられることもなくなり、患者さんと共にカルテを見ながら作成していくことができます。
  私は現場の医師の立場から、「待たせない、待たない、儲ける」ということを医療経営の目標としています。患者さんの情報がすぐに取り出せて診療に入れる。知りたいことがあればネットワークを通して速やかに回答を得られる。余裕を作って儲ける。こういう流れを作ることが医療経営にとっては大切です。あくまで基本となるのは「自主、自立、自助」の精神です。互助や共助はその先にあるものです。個々人の健康管理も同じで、本来は各自が責任を持って行うべきものです。医師に丸投げするのではなく、一人一人が携帯電子カルテを持ち、健康管理に自ら取り組んでいく。そのような社会を実現する一助となればと願っています。