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世界初の宇宙ヨット 


燃料を使わず遠くの惑星へ 日本の伝統文化「折り紙」が鍵

 2010年5月21日、宇宙ヨット『イカロス』を乗せたH2Aロケット17号機が種子島宇宙センターから打ち上げられ、6月9日、1辺14メートルの正方形の帆を広げ世界初の宇宙ヨットが宇宙を航行し始めた。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の森治さんに世界を驚嘆させたこのプロジェクトについてお聞きした。


太陽光で推進

 ――宇宙ヨットとは何ですか。
 帆で風を受けて海を進むヨットのように、帆で太陽からの光の粒子を反射して宇宙を推進する宇宙船のことです。これにより燃料を使わずに、遠くの惑星に行くことが可能になります。ただし、宇宙ヨットのアイディアは100年前からあり、NASAなど世界中の研究機関が取り組んでいるにも関わらず、今まで実現されていませんでした。

――なぜ、宇宙ヨットの実現に100年という年月がかかったのでしょうか。
 大きく2つの課題がありました。一つ目は、帆に使う膜の材料です。紫外線や放射線などが厳しい宇宙環境に耐えられる薄くて丈夫な膜が長らく存在しませんでした。しかし、1990年頃に宇宙環境に耐えられる「ポリイミド樹脂」が膜素材として入手できるようになり、宇宙ヨット開発の競争が始まりました。この「ポリイミド樹脂」の生産は日本メーカーの比率が圧倒的に高いのです。これらのメーカーを含む多数の技術者の方と相談しながら、厚さが髪の毛の10分の1以下で7・5ミクロンのイカロス仕様の膜を作ることができました。今回の成功には日本の高い材料技術力の裏付けがあったのです。

――もう一つの課題は何だったのでしょうか。
 二つ目は展開手順、要するに帆を広げる技術です。宇宙ヨットは、打ち上げ前は帆をたたんだ状態になっており、宇宙空間で帆を広げるのですが、これがとても困難でした。私達はその中でも特に難しいスピン展開に挑戦し成功させました。スピン展開とは膜を回転させ、その遠心力で帆を広げる方法で、将来もっと大きな膜面を展開する場合にも応用することが可能です。

――スピン展開をどのように実現させたのですか。
 帆を遠心力だけで均等に広げる必要がありますが、広げる途中に一部分でも引っかかってしまうと、アンバランスなスピンとなり、姿勢が倒れてしまうのです。ですから様々な実験で帆の均等な広げ方を試しました。まずは折り紙を使っていくつも模型を作り、膜を広げられる形状や折り方の候補を出しました。それをもとに実際にポリイミド膜を折ってスピン展開を行い、均等に広がる折り方を絞りこんでいきました。膜のサイズも最初は小さかったのですが、だんだんと大きくしていきました。大きい膜を広げる実験は、主にスケートリンク場で行いました。夜中の時間しか場所を借りることができず、氷点下という厳しい条件で、実験は失敗の連続でした。さらに一回の実験のために2週間以上は準備が必要でしたが、30回も実験を繰り返し徹底的に改良した結果、宇宙という一発勝負の舞台で見事成功しました。日本の伝統文化である折り紙が、成功の鍵となったのです。

――なぜそこまで頑張れたのですか。
 「世界初の宇宙ヨットを実現したい」という夢があったからです。そもそも「イカロス」計画は、おまけのプロジェクトで、予算は通常の宇宙プロジェクトの10分の1、期間も通常の半分で、開発開始から打ち上げまで2年半という厳しい条件でした。とてもリスクの高い計画でしたが、世界初のミッションに果敢にチャレンジした結果、プロジェクトを成功させることができました。この体験を通し、「夢を持って挑戦し続ける」ことが何かを成し遂げる原動力になることを実感しました。その点をぜひ皆さんに伝えたいと思っています。



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