Top>向学新聞21世紀新潮流>クレースト


クレースト 


アスベストに代わる粘土フィルム  環境保全の発想が生んだ新素材


 今月は、新素材「クレースト」を開発した、独立行政法人産業技術総合研究所(産総研)の蛯名武雄氏にお話をうかがった。


粘土を原料とした膜材料


――クレーストとはどのようなものですか。
 蛯名 環境にやさしい粘土を原料とした膜材料で、アスベストやプラスチックフィルムの代替材料として注目されています。高い耐熱性や柔軟性、ガスバリア性を持っており、薄さは普通のコピー用紙と同等以下の薄さです。透明にもでき、切り取りや折り曲げも自由にできます。


――具体的な用途は。
 蛯名 ガスケットという化学プラントの配管等に用いられるガスシール材に用いることができます。また、耐熱性が高く熱を伝えにくい性質を持っていることから断熱材として用いることもできます。従来、ガスケットや断熱材として一部アスベストが使われてきました。アスベストは有害物質として全廃される方向になりましたが、どうしても代替材料が見つからない分野では一定期間使われる見込みで、断熱材もその一つです。クレーストは、600℃もの高い耐熱性と、金属の温度変化によって生ずる隙間の変化にも対応できる圧縮性を併せ持っており、アスベストに取って代わる可能性を持つ新素材なのです。
 今後は、燃料電池のシール材としての用途も大きく期待されます。燃料電池の燃料である水素は自然界で最も小さな原子からできており、非常に漏れやすいので、ガスバリア性が非常に高い環境でないと使えません。また、燃料電池車の実用化には水素ステーションの整備が必要ですが、貯蔵タンクから車に水素を移すにはホースなどを通さざるをえませんので、水素漏れを起こさないガスケットやシール材はどうしても必要なのです。
 クレーストのガスバリア性能は、厚さ0・02㍉の膜1㎡から1日に漏れる水素の量が0・1㏄未満で、常に、検出できる限界値以下となります。従来のプラスチックの膜材料とは3桁も性能が違っています。クレーストは、原子が緻密に並んだ板状の粘土の結晶を100万枚以上も重ね合わせてできており、気体が透過する隙間がどこにもないのです。


――粘土であるということは土に還るわけですから、環境にもやさしいですね。
 蛯名 クレーストはそもそも取ってきた土そのものですから、土に「還る」という概念自体が必要ありません。ごく少量の添加物はありますが、それも生分解性の土に還る材料にすることに既に成功していますし、少量ですので従来の生分解性プラスチックよりも非常に早く分解が終了するメリットを持っています。


地表面の材料を使う発想


――クレーストの開発にいたった経緯について聞かせてください。
 蛯名 クレーストを作り始める前から、もともと私の中には、材料には地表面にあるものを使うべきだという発想がありました。地表からとってきたものをそのまま地表に廃棄できれば、地球環境全体としてはあまり変化がないでしょう。実際、地殻とクレーストの元素の組成は非常に似ているので、当然地球環境にはなじみがよく、どこから持ってきてどこに捨てても大丈夫です。地表から数キロメートルの地下からわざわざ石油を掘り出し、それを燃やして大気中にCO2を出すのとは発想が根本的に違っています。
 私はもともと環境保全のための廃棄物処理が専門で、ゴミの最終処分場から有害物質が周辺に漏れ出るのを防ぐためのバリア材料として、粘土を研究していました。この環境保全の立場から研究を始めたことが、クレーストを開発できたキーポイントだったと思います。つまり、従来はプラスチックの性能を上げるための添加物としてのみ粘土を混ぜるという発想でしたが、私は粘土という自然の素材に最小限の添加物を加えて、どうやって工業材料につかえるようにするかという観点からスタートしました。クレーストは、従来の合成材料とは材料の比率が全く逆になっているのです。
 この技術を発表してから、プラスチック業界や、従来アスベストを使用していた業界の方からの問合せが非常に多く、半ば「駆け込み寺」のような状態になっています。製造者責任が厳しく問われる時代ですので、メーカー側もただ作るだけでなく、作った後まで責任を持たなければならないという意識が定着しているようです。
 私が今勤務している産総研でも、研究者はただ単に研究するだけでなく、「行動者としての研究者」を目指すべきだという理念を強く打ち出しています。つまり、研究を製品化する出口の過程まで研究者がかかわりを持ち、責任を持っていくべきだというのです。一つの具体例としては、ベンチャー創業という形が挙げられます。研究者自らがビジネスを興していくことに対する社会の期待は高まっており、自分の開発した技術の使われ方について提案をする場ができてきたことは、最近の社会の新しい流れであると思います。


――研究者も、目指すべき社会像を示していかなければならない時代ですね。
 蛯名 産総研としてもどのような形でそれができるか模索しているところです。クレーストがそのひとつの事例になればと考えています。