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キリンビール株式会社 医薬カンパニー  


今月は、ガン治療等に効力を発揮する「ヒト抗体医薬」の技術を開発した、キリンビール株式会社医薬カンパニーの石田功氏にお話をうかがった。

――ヒト抗体医薬とはどんなものですか?
石田:抗体とは、ばい菌やウイルスが体内に入ってきた場合に、それにくっついて排除するような性質のものです。もともと体内に抗体は存在しますが、それが医薬品として使えないかということは以前から考えられてはいたのです。それは、実際には動物の抗体レベルの話でした。たとえばネズミやウサギなどから抗体を取り出して使うという試みです。ところが人間の場合動物の抗体は受け付けないので動物の抗体を注射すると拒否反応が起こります。ですからヒトの抗体というものが望まれてくるのです。しかしだからといって誰かにばい菌やガン細胞を投与してヒト抗体を取るわけにはいきません。それで動物の中にヒトの抗体を作る技術を開発できればそれが新しい薬になるだろうと考えたわけです。

――今なぜ注目されているのですか。
石田:今なぜヒト抗体医薬が注目を集めているのかというと、最近では完全なヒト抗体に近い様々な抗体医薬がでてきて、それがガンやリューマチなどに非常によく効くことから抗体を医薬品に使うのが全世界的なひとつの潮流となっています。また、その背景にはヒトの遺伝子が解析され、ゲノム情報、ヒトの設計図がどうなっているのかが全部わかってきたことが挙げられます。つまり病気の人と健常な人はどこがどう違うのかを比較することが可能になりました。すると病気の人は何らかの部分の活性が非常に高くなっていて病気になっているというデータが出るのです。例えばリューマチの患者さんの場合、免疫が非常に活性化されていて免疫システムが自分の体を攻撃してしまっているというふうにです。そのように病気の原因、つまり何が活性化されているかが分かってくると、今度はそれを止める薬が開発できるというわけです。新しい遺伝子が分かってくると、これまでにない新しい切り口で薬が作れるんじゃないか、その抗体があればそれを押さえられるだろうということで抗体開発もどんどん進むという期待が膨らみます。実際に抗体が医薬品として使われる実例が出てきたということと、今後も抗体のターゲットとなるような病気の抗原がたくさん見いだされるようになってくる。こういう二つの面から抗体医薬というものは注目されています。

――患者さんにとってのメリットは。
石田:たとえば今までのガンの薬というのは吐き気をもよおしたり、髪の毛が抜けるなど毒性があったわけです。投与すると自分の体も弱ってしまうという副作用が非常に強いのです。ところがヒト抗体医薬というのは抗体がもともとヒトの体内にあり、ガンの抗体であればガン細胞だけにターゲットを絞って殺すというものですから、患者さんへのダメージが少なく受け入れやすいという点があります。同じ効果であればQOL(クオリティーオブライフ)の面からそちらの方がいいということです。

――この分野で貴社が開発した技術は何が新しいのですか。
石田:抗体医薬がいいことはわかっても具体的にヒトの抗体が自由に作れるという技術が合わさってこそ、初めて医薬品として価値があるものになります。ヒト抗体医薬品を作るに際して、いかにして動物の中でヒトの抗体を作るかという技術上の課題があるのですが、そこが一番難しかったのです。動物にヒトのタンパク質を発現させるためには、ヒトのDNAを動物に入れなければなりません。抗体の遺伝子はDNAとして非常に長く、5ミクロン以下の核に延ばすと1メートルにもなる遺伝子が折り畳まれて入っているのです。その中の抗体の遺伝子は1ミリ位はあるのですが、われわれは抗体の部分を折り畳まれた状態のまま切り取って細胞の中に入れるということを考え、その技術を開発したのです。今までは遺伝子を大腸菌の中に入れて増やし、水に溶かして延びた状態のものを針で注射して細胞の中に入れていたのです。しかしそれではほんの僅かな抗体遺伝子しか入れることができません。折り畳まれたままであれば針を使って入れられないので、新しく別の方法を考え出したわけです。

――新医薬が世界に与えるインパクトは。
石田:一般にいうと以前はタンパク質の薬というのはあまりなかったのです。薬というと口から飲む錠剤のようなものが一般的だったのですが、今バイオ医薬は抗体がどんどん膨らむことによって市場が広がりつつあります。ですから元々の医薬品の会社は化学の会社ですが、弊社のようなバイオの会社も世界の医薬品業界の中で徐々に大きくなってきているということが社会が変わってきている面だと思います。アメリカで言えばアムジェンとかジェネンティックスとかいろんなバイオ医薬品で大きくなっている会社が出てきています。日本ではバイオ医薬品を得意としている会社はまだ多くはないのですが、将来的には弊社も良い薬を開発して大きくなりたいと思います。