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ものつくり大学 


  今月は、「テクノロジスト(高度実践技術者)」の養成を目指す、ものつくり大学の吉川昌範技能工芸学部長に、教育内容などについてのお話をうかがった。


もの作りには三種類

――日本人のもの作りについてどうお考えですか。
吉川  私はもの作りには三種類あると考えています。一つ目は「今まであるもの」をそっくり作ることです。日本刀や焼き物など、いわゆる伝統工芸がこれにあたります。二つ目は「より良いもの」を作ることです。例えば自動車の騒音を小さくするといったことで、これは学問を基礎にして解決することが可能です。日本はこの種のもの作りには意外に貢献しています。教科書で理論を勉強すれば、よりよいものはできるのです。三つ目が「今までに無いもの」を作ることですが、日本人はこれが不得意です。例えば半導体は100種類以上の製造装置が並んでつくられるのですが、私にいわせると日本人が考えたのはせいぜい2種類です。日本人はより良いものを几帳面に作るのはうまいのですが。それは教育の問題でもあると思います。日本人は教科書から理論をよく学んでいますが、理論からはより良いものは考え出されても、今までに無いもの、新しいものは生み出されにくいと私は考えています。


創造性は実体験から

――新しいものを作り出すのに大切なことは。
吉川  様々な実体験が大切だと思います。創造性は理論ではなく実体験から来るもので、勉強して知識がつけばつくほど創造性は出て来なくなります。やはりものを見て、そこから直感的に見つけ出して新しいものが出てくると思うのです。ですから実体験の豊富な人から新しいものが出てくる。そのいい例が、ノーベル賞をもらった白川先生や田中先生です。白川先生は実験で留学生がグラムとミリグラムを間違えたら、高分子に電流が流れてしまった。田中先生も、アルコールを入れるところを間違えてグリセリンを入れてしまった。二人とも失敗が原因で賞をもらえたわけです。理屈どおりに研究していてはノーベル賞はもらえません。失敗から新しいものが出てくるのです。
  ですからものつくり大学では、学生に様々な実体験をさせています。具体的には、鋳造や溶接からはじまり、旋盤加工や組み立て、それを制御する電子回路まで作りますが、そこまで自分で全部作らせる教育はどこにも無いと思います。最近の教育はどんどん理論に傾いてきて、工学も物理学の応用になってきています。私はその傾向に反対してはいませんが、ものつくり大学のような実習、実験を中心にしたオンリーワンの大学があってもいいのではないかと思うのです。
  理論への偏重ということで言うと、例えば日本の宇宙ロケット開発が10年以上前から相変わらず失敗しています。アメリカも失敗してはいますが、小規模な実験をしながら本番までもっていっているのです。しかし日本は出来上がった図面上で理論上のシミュレーションだけをするから、つまらないことが原因で事故がおきています。やはりものを作れる人が設計して管理するべきなのです。ものを作ったことの無い人がコンピューターで図面を描いてしまっています。実体験が若いときにあれば、図面の見方が違います。もの作りを若いときに体験していた人たちがそのあとでいろんな専門を身につけていくようにするべきだと思います。

今までに無いものを対象に

  私は学校を卒業した当初、研究するのにまず机に座って文献を調べようとしたら、教授から怒られました。「初めから文献を調べていたらその研究者以上の研究ができるのか」というのです。机に座っても図書館に行っても怒られるから、私は様々な装置の間に立って、自己流のユニークな研究用の装置を作っていました。装置がユニークであれば成果はオンリーワンです。今の学生は机に向かってコンピューターばかりでやろうとしています。それでもアセンブリーの仕事はできると思いますが、新しいものができるとは思いません。
  ですから学生には、私が知らないことでもやりたいということをどんどんやらせています。私を含めてあとから仕掛けが分るので、最初は失敗かどうかも分りません。若いうちから経験を積ませた結果、その人からにじみ出てくるもの作りができるようになるのではないかと思います。

――教科書つまりお手本が無い教育なのですね。
吉川  そうです。私は教科書を読むときは行間を読めといっています。教科書は誰かが書いたものですが、そんなものを対象にしてはそれは研究ではない。研究とは今までに無いものを対象にすることです。さらに、例えば授業では新入生にカヌーを作らせます。25人で1台本物を作って競わせて、勝った者にいい点を与える。ものは形ができたからものではなく、携帯電話にしても人が買ってはじめてものになるので、売れ残ったものはものではないという考え方を学生に教育しています。日本はもっとそういう教育をしていく必要があると思います。